東京大学(東大)、大阪大学(阪大)、四国学院大学の3者は5月7日、110億年前の宇宙空間を満たす中性水素ガス(銀河間ガス)の観測データを用いた解析によって、遠方宇宙の大規模構造の探査でこれまで多用されてきた水素原子由来の「ライマンアルファ輝線」で明るく輝く銀河は、宇宙の大規模構造を正しくなぞれていない可能性があることを発見したと発表した。

同成果は、東大大学院 理学系研究科の百瀬莉恵子日本学術振興会特別研究員、同・嶋作一大准教授、阪大大学院 理学研究科の長峯健太郎教授、四国学院大の清水一紘准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal Letters」に掲載された。

地球から観測が可能な限りの範囲の宇宙において、銀河は網目状に集まっており、それら密の部分と、ほとんど何もない「ボイド」と呼ばれる粗の部分とに大きくわかれている。銀河は等間隔に一様に存在するわけではなく、「宇宙の大規模構造」を作っていることが知られている。

この大規模構造は、宇宙が誕生した際、ほんのかすかな量子ゆらぎがあったことがきっかけとなったと考えられている。そのゆらぎは、後にダークマターの分布における密度のムラを生じさせることにつながり、そのムラは重力の影響を受け、時間と共に拡大。密度が高い領域はさらに集積して高密度に、逆に密度が低い領域は高密度領域に奪われるようにしてさらに低密度へとなっていき、やがてダークマターがまず網目状の構造を形成したと考えられている。

ダークマターは通常の物質とは重力でしか相互作用しないため、あらゆる電磁波を用いても観測することができず、今もってその正体はよくわかっていない。そのため、実際にダークマターが集まっている様子が撮影されているわけではない。ただし銀河団などを調べると、もしダークマターがなかったとしたら、個々の銀河をつなぎ止めておけないことがわかっている。そうした銀河や銀河団の分布、さらには重力レンズ効果などにより、ダークマターの分布(大規模構造)を推定することは可能とされている。

  • ライマンアルファ輝線

    ダークマターの大規模構造。ダークマターの密度は紫色の場所で高く、紺色の場所で低くなっている。銀河間ガスは、ダークマターの大規模構造とほぼ同じような密度で分布している。銀河は黄色の丸で表されている (出所:阪大Webサイト)

そして、通常物質は先に集まったダークマターの大規模構造の重力に引き寄せられていった。その中で銀河は形成され、そして進化しているとされる。こうしたことから宇宙の大規模構造と銀河は深く関係しており、両者の関係の解明は宇宙の進化の研究についての大きな進展をもたらすと期待されているのである。

大規模構造の観測で重要な役割を果たしているのが、遠方宇宙(現在よりもずっと若かった頃の宇宙と等しい)において水素原子のライマンアルファ輝線で明るく輝いて見える銀河(ライマンアルファ銀河)だ。大規模構造の指標の1つとして、これまで数多くの観測を支えてきた。

しかし最近、ライマンアルファ銀河とそれ以外の種類の銀河とで、描かれる大規模構造がずれるケースが報告されるようになってきたという。このことから、「ライマンアルファ銀河は大規模構造を正しくなぞれていないのではないか」という疑問が生じている。仮にそれが事実だとすると、次に生じる疑問は、「なぜライマンアルファ銀河では正しくなぞれないのか」という点だ。

そこで研究チームは今回、ライマンアルファ銀河とは別の大規模構造の観測指標である「銀河間の中性水素ガス」(銀河間ガス)の観測データを用いて、この問題に取り組むことにしたという。中性水素とは陽子1個と電子1個で構成される通常の水素のことであり、それが集まったガスが中性水素ガスである。通常物質の割合において、質量比で約74%を占めるのが水素であり、まさに「どこにでもあるありふれた元素」だ。

銀河周辺における銀河間ガスの分布を調べることで、銀河が大規模構造を正しくなぞっているかどうかを確かめることが可能だ。厳密には1つの銀河の全周を見た場合、銀河間ガスの濃淡の差は存在する。しかし、数多くの銀河を観測して平均していくと、こうしたバラつきはならされる。そのため、銀河が大規模構造を正しくなぞっている場合のガスの分布は、銀河から見てどの向きでもおおよそ同じになると考えられている。

しかしもし何らかの偏りがある場合、向きによってはガスの分布が異なる可能性が出てくる。今回の研究では、110億年前の宇宙にいるライマンアルファ銀河周囲のガス分布を3つの方向で求め、向きによってガス分布が異なるか否かの調査が行われた。またライマンアルファ銀河のほかに、大規模構造を正しくなぞっているとされている「連続光銀河」(どの波長でも満遍なく光っている銀河)と「可視輝線銀河」(電離した酸素の輝線で明るく見える銀河)という2種類の銀河の周囲におけるガスの分布も調べられ、ライマンアルファ銀河の結果との比較が行われた。

  • ライマンアルファ輝線

    今回の研究での解析方法の模式図。図のように、視線方向については手前側と奥側に分けられ、視線に垂直な二方向については東西方向が東側と西側に分けられ、南北方向が南側と北側に分けられて銀河間ガスの分布が求められた。望遠鏡は観測者の位置を表している (出所:阪大Webサイト)

得られたガス分布によれば、連続光銀河と可視輝線銀河では、どの向きでも銀河周囲の銀河間ガス密度は銀河から離れるに従って、一様に減少していることが判明。ライマンアルファ銀河についても、視線に垂直な方向に限定すれば同様の結果だったという。

しかしライマンアルファ銀河の視線方向(目標と観測者を結ぶ直線方向)については、銀河の手前のガス密度は平均的に低く、奥のガス密度は高いことが明らかとなった。この結果は、連続光銀河と可視輝線銀河は銀河間ガスの密度分布に沿っている一方で、ライマンアルファ銀河は主に銀河間ガスの高密度領域の手前側に分布しているという描像を示唆しているとする。

  • ライマンアルファ輝線

    銀河の手前側(地球側)と奥側に分けて測定された銀河-銀河間ガスの相関関係。この相関関数が、銀河周囲の銀河間ガスの密度分布に相当する。値が負で絶対値が大きいほど、銀河間ガスの密度が高いことを意味する。(a)はライマンアルファ銀河、(b)は連続光銀河、(c)は可視輝線銀河の結果を表す。連続光銀河と可視輝線銀河では、赤色と青色の線がほぼ重なっている。この結果から、これらの銀河では銀河の手前側と奥側で銀河間ガスの密度分布はほぼ同じであることがわかるという。一方、(a)のライマンアルファ銀河では、赤線と青線は重なっていない。青線の方が赤線より20メガパーセクあたりまで上に来ていることがわかる。これは、ライマンアルファ銀河では手前側の銀河間ガスの方が、奥側のガスよりも密度が低いことを示唆している (出所:阪大Webサイト)

しかし視線方向とは、地球から観測していることで自動的に決まる方向であり、地球の観測者にとっては意味があっても、ライマンアルファ銀河の立場からすれば特別な意味はない。つまり、ライマンアルファ銀河がたまたま銀河間ガスの高密度領域の手前側に多く分布しているという偶然は考えにくいのである。つまり、この偏った分布は見かけ上のものだと考えられるのだという。

そのため研究チームでは、可視輝線銀河をライマンアルファ銀河に見立てて擬似観測を行うことによって、ライマンアルファ輝線で明るい銀河は、本来は銀河間ガスやダークマターの大規模構造に沿うように分布していると考えられるが、それにもかかわらず、高密度領域内やそのすぐ奥にいるものは、手前の銀河間ガスに隠されてたまたま地球からは“見えなく”なっていることを示したという。なお、高密度領域から奥側に十分離れた遠方にいるライマンアルファ銀河は、高密度領域に届く頃には赤方偏移で波長が引き延ばされるので吸収されないので、逆に観測できるそうである。

  • ライマンアルファ輝線

    研究の結果から示唆される銀河間ガスの高密度領域と銀河の分布の模式図。ライマンアルファ銀河が黄色で、見えない銀河がオレンジ色で表されている。青矢印は銀河から放射されたライマンアルファ輝線。ライマンアルファ銀河から出たライマンアルファ輝線は私たちに届きますが、見えない銀河から出たライマンアルファ輝線は手前の銀河間ガスに吸収され、地球まで届かない (出所:阪大Webサイト)

  • ライマンアルファ輝線

    研究の結果から示唆される銀河間ガスの高密度領域と銀河の分布を立体的に描いた模式図。観測者(地球)は左角の方向にいる。黄色の丸がライマンアルファ銀河で、高密度領域の手前に位置する銀河からは黄色の矢印が長く伸びているとおり、地球で観測が可能。青い矢印を出している銀河からは高密度領域で吸収されてしまうため、それらからのライマンアルファ輝線は観測できない (出所:阪大Webサイト)

研究チームによると、もし今回観測した領域をまったく別の方向から観測したとすると、一部のライマンアルファ銀河は見えなくなる一方、代わりに別のライマンアルファ銀河が見えてくるはずだという。このように見え方が変化してしまうということは、ライマンアルファ銀河はダークマターの大規模構造を正しく反映できない可能性があるということであり、これらのことは、遠方宇宙の大規模構造や高密度領域を探す研究に注意を呼びかける必要がある重要な成果といえるとする。

銀河はさまざまな輝線を出しているが、ライマンアルファ輝線が観測に多用されるのは、地上の望遠鏡でも観測できるからだ。しかしこれまで多用されてきたライマンアルファ銀河が、実は周囲の広範囲のガスの影響を受けて銀河間ガスやダークマターという物質の分布を忠実に反映していない可能性があることは、今回の研究で証明された。つまり、“見えているだけの”ライマンアルファ銀河に立脚した研究成果の場合、もしかしたらデータを見直す必要があるかもしれないということである。

今回の研究のような銀河と銀河間ガスの関係の研究は発展途上の分野であり、まだまだ数多くの未解決の謎があるという。その謎の解明に向け、東大の国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)を中心とした研究チームは、すばる望遠鏡に新型観測機器である超広視野多天体分光器「PFS」(Prime Focus Spectrograph)を取り付けている最中だ。そしてPFSでの広域探査計画において、そうした未解決の謎を主要な研究テーマの1つとしている。研究チームは今後も、観測データと理論データを組み合わせ、さらに研究を進めていきくとしている。