豊橋技術科学大学(豊橋技科大)は、関東や東北地方の方言などで観察される「ヒ」と「シ」が混同して発音される現象に関して、リアルタイムMRIとスーパーコンピュータ(スパコン)を用いた解析により、舌の位置は変えずに舌の左右方向の形状を変化させて発音していることが原因であることを明らかにしたと発表した。

同成果は、豊橋技科大 機械工学系の吉永司助教、同・飯田明由教授、国立国語研究所の前川喜久雄教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米音響学会誌「Journal of the Acoustical Society of America」に掲載された。

『江戸っ子は「ヒ」を「シ」の区別をつけられない』などと言われるように、関東から東北にかけての広い地域の方言の一種に、「ヒ」と「シ」の混同がある。例えば、「東」を「シガシ」、「髭」を「シゲ」などといった具合だ。これまで、この混同が起きるのは、「ヒ」と「シ」を発音する際の舌の位置が似ているからといわれてきた。

また、「シ」を「ヒ」と発音するパターンもある。これは全国的に見られるそうだが、例えば「7月」を「ヒチガツ」と発音するケースだ。どちらのパターンにしろ、「ヒ」と「シ」を混同してしまう問題は広く知られており、その主な原因は、実際に発音して比べてみればわかるが、「ヒ」と「シ」は舌の位置が微妙に異なる程度で、かなり似ていることが、混同が起きやすい理由の1つとされてきたという。

しかし、その似た舌の位置からどのようにして音を区別して発音しているのか。その点に関しては、これまで明らかになっていなかったという。

そこで研究チームは今回、発音時の舌が動く様子を観察できるリアルタイムMRIを用いて、東京方言話者の被験者10名が「これがヒシがた」と発音する際の「ヒ」と「シ」の舌の位置を観察。その結果、3人の被験者において、「ヒ」と「シ」を発音する際の舌の前後の位置はほとんど同じであることが判明したが、この際、被験者らの舌の位置は同じであるにもかかわらず、「ヒ」と「シ」の音の違いは聞き分けることも分かったという。

そこで、これらの子音がどのように区別して発音されているのかを調べることを目的に、口の形を模したモデルを構築。発音時の空気の流れと音の発生をスパコンを用いてシミュレーションすることで、舌の前後の位置が同じでも、舌の左右方向の形状が異なることで「ヒ」と「シ」の子音の違いが生まれることを突き止めたとする。

これまでの音声学では、子音の分類は主に舌の前後方向の位置の違いにより行われてきたそうだが、左右方向の舌の形状が重要となってくることはこれまでになく、今回の成果は新たな発見だという。一方、舌が前後方向に同じ位置であっても発音が区別できるということは、方言の一部に見られるような「ヒ」と「シ」の混同の原因にもなり得えるとしている。

この成果について、論文筆頭著者の吉永助教は、「日本語の『ヒ』や『シ』は何気なく会話に用いている発音ですが、その音の発生をシミュレーションするには、口の中で発生する乱気流の小さな渦を一つ一つ計算して、その渦から発生する音を予測する必要があります。そのため、研究で構築した口のモデル一つに対して、約1億点の計算格子を設定し、スーパーコンピュータで解析する必要があります。そして、その計算した渦の中で、『ヒ』と『シ』の音の違いを生み出す渦を発見したときは、とても興奮しました」とコメントしている。

なお、研究チームでは、今回の成果を踏まえ、日本語の「ヒ」と「シ」の音の違いが生まれる要因が理解されるようになれば、日本人の滑舌がより良くなることが期待されるとするほか、構音障害などの特定の発音を区別して行えない人に対して行う言語聴覚士の訓練にも応用されることが期待できるとしている。また、同様の解析を、外国語を発音する日本人話者に応用することで、外国言語の発音向上にも応用できるとしている。

また、現在、国立国語研究所の前川教授により、リアルタイムMRIによる調音動画データベースが構築されており、このデータベースを用いることで、さらなる発音メカニズムの解明につながることが期待されるともしている。

  • ヒとシの違い

    左はリアルタイムMRIでの観察で、右は口のモデル内のシミュレーションによる渦の様子。上が「ヒ」で下が「シ」 (出所:豊橋技科大プレスリリースPDF)