京都府立医科大学(府立医大)ならびに梅花女子大学(梅花大)は、シソ科の多年草であり、生薬として古来より伝わる「延命草」(別名:ヒキオコシ)の苦味成分「ラブドシアノンI」が、大腸がん細胞の増殖を抑制する分子メカニズムを解明したと発表した。

同成果は、府立医大 大学院医学研究科 分子標的予防医学の渡邉元樹講師、梅花大 管理栄養学科の山田恭正教授、産業技術総合研究所 人工知能研究センターの来見田遥一 産総研特別研究員、同・亀田倫史 主任研究員、府立医大 創薬医学の助野真美子 研究補助員、府立医大 内分泌・乳腺外科の飯塚まひろ氏、府立医大 分子標的予防医学の曽和義広 准教授、同・飯泉陽介 助教、同・高倉英樹 大学院生、国立がん研究センター 社会と健康研究センター 予防研究部の宮本真吾リサーチレジデント、京都府立医大 創薬医学 酒井敏行 特任教授(同・創薬センター・センター長兼任)、京都府立医大 分子標的予防医学 武藤倫弘 教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、科学雑誌「Cancers」に掲載された。

延命草は日本においては北海道から九州まで広く自生し、古くから生薬として活用されている多年草だ。口にしたときの苦さが特徴で、その昔、真言宗の開祖として知られる弘法大師(空海)が病に倒れた旅人に延命草の搾り汁を与えたところ、あまりの苦さにたちまち起き上がったという逸話が伝えられている。そこから「ヒキオコシ(引き起こし)」と呼ばれるようになったとされ、“起死回生の妙薬”として伝えられてきたという。

長年にわたって生薬として、経験則的に利用されてきたが、実は薬効成分と作用メカニズムについては十分に解明されておらず、現在では民間治療として一部の地域に用いられている具合だ。

延命草の苦味成分としては「エンメイン」や「オリドニン」などが知られていたが、共同研究チームのひとりである梅花大の山田教授が、以前の研究として、それらとは別の有機化合物を抽出。その分子構造を決定し、「ラブドシアノンI」と命名した経緯がある。

  • 延命草

    延命草とラブドシアノンIの化学構造式 (出所:共同プレスリリースPDF)

これまで、さまざまな食品や植物の成分が、がんの予防に働くメカニズムについて分析を行ってきた共同研究チームは今回、このラブドシアノンIが、がん細胞にどのような効果を及ぼすのかについての研究を行った。

まず、ラブドシアノンIを複数のヒト大腸がん細胞に添加したところ、ほとんどのがん細胞が消失することが確認されたという。そのメカニズムとして、生化学的実験により、がん遺伝子として広く知られる「チミジル酸シンターゼ」の発現抑制を介することが示されたとする。

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    (左)ラブドシアノンIの添加により、大腸がん細胞のコロニーはほぼ消失したことが確認された様子 (出所:共同プレスリリースPDF)

チミジル酸シンターゼとは、DNAの合成に欠かせない材料のチミジル酸を合成する酵素のことで、多くのがん細胞では、チミジル酸シンターゼの発現が上昇しているため、細胞が過剰に増殖できることが知られている。

さらに、ラブドシアノンIのがん細胞内での働きの詳細な解明に向け、ナノ磁性ビーズにラブドシアノンIを固定化するケミカルバイオロジーの手法を用いた分析を実施。その結果、ラブドシアノンIががん細胞内において、ミトコンドリア内に存在する2種のタンパク質「ANT2(adenine nucleotide translocase 2)」と「PHB2(prohibitin 2)」に直接結合することが確認されたという。

このことは、産総研の亀田主任研究員らによるスーパーコンピューターを用いた分子動力学シミュレーションにより、ラブドシアノンIがANT2の疎水性ポケットに協力に結合している様子が明らかにされたことで裏付けが取れたという。

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    分子動力学シミュレーションによって、ラブドシアノンIが、ANT2に結合する状態を解析したイメージ (出所:共同プレスリリースPDF)

なお、ANT2とPHB2は互いに結合していることが報告されているが、役目はそれぞれ異なっている。ANT2は、細胞内のエネルギーとして重要なATP(アデノシン三リン酸)の輸送に関わる。一方のPHB2は細胞増殖、炎症、代謝、老化など、さまざまな生命現象に関与するとされている。また、どちらのタンパク質も、がん細胞の増殖にも関与しているとして、近年注目されている。

さらに、遺伝子の発現を抑える実験により、ANT2とPHB2がともにチミジル酸シンターゼの発現を制御していることを解明。ラブドシアノンIはANT2とPHB2に結合し、その機能を阻害することでチミジル酸シンターゼの発現を抑制し、がん細胞の増殖を阻止する、という新規メカニズムが明らかとなったという。

チミジル酸シンターゼは、すでに世界中で利用されている抗がん剤「5-FU」の標的分子としても知られていることから、研究チームでは、ラブドシアノンIをリード化合物として合成展開することで、より安全な新しいがん予防薬や抗がん剤の開発につながることが期待されるとしている。