Appleの2020年のハイライトは、iPhone 12のデザイン変更、そしてApple Silicon「M1」チップを搭載するMacの登場だった。しかし、筆者はAppleのオーディオラインアップの拡充にも注目した。3回連続で掲載する今回のシリーズでは、HomePod mini、そしてAirPods Maxをピックアップし、Appleが目指す「ウェアラブル&ホーム」オーディオについて考えていきたい。
HomePodで生まれた「ホームオーディオ」
Appleは2020年11月16日、小型のスマートスピーカー「HomePod mini」を発売した。税別10,800円と価格をぐっと抑えており、手のひらに載る夏みかんのようなサイズに仕上げた。ホワイトとスペースグレイの2色が用意されるが、いずれも柔らかなファブリックで覆われている。
Appleはすでに、大きなスマートスピーカー「HomePod」をリリースしている。HomePod miniはその小型版ということで、メッシュ主体のボディやSiriのアニメーション表示、上部のタッチパッドなどは同様の仕様とした。しかしながら、HomePodとHomePod miniでは、できることや体験できるサウンドが決定的に異なっている。
HomePodは、登場当初からAmazon EchoシリーズやGoogle Home(現在はNest)シリーズと並ぶ「スマートスピーカー」というカテゴリに分類されていた。Appleとしては本意ではなかったかもしれないが、マーケティング上は“良い間違い”だった。人々は、既存のカテゴリーの製品の延長上として、すんなりとその存在を受け入れることにつながったからだ。
しかし、Appleの本意は別にある。HomePod miniが登場して分かってきたことは、AppleはHomePodで「ホームオーディオ」というカテゴリを成立させたことだった。自宅のオーディオ機器と言われると、今までのHomePodもそうだったはずで、少し違和感を感じるかもしれない。しかし、HomePodは今までのオーディオ機器とは異なる存在だ。
HomePodは、7つのツイーターと1つのウーハーによって全方位に音を発出し、6つのマイクアレイで部屋がどんな空間で、自身がどんな場所に置かれているのかを分析し、ステレオ再生やイコライジングなどを調節しながら、「部屋の中がどこでも最適なリスニング環境」になるよう音場を作っていく。
ステレオスピーカーにしても、5.1chや7.1chのサラウンドシステムにしても、スピーカーの配置上、聴くのにベストな場所(スイートスポット)が存在する。しかしHomePodは、部屋の大部分をスイートスポットにしようというアイディアで、前述の既存のオーディオとは異なる価値感では測れない製品になった。
ホームオーディオのミニ版
Appleは2020年になって、写真に続きオーディオに対しても「コンピュテーショナル」という接頭辞を使うようになった。HomePodの場合、1つのデバイスでも、ボーカルは目の前で歌っていて、演奏は周囲から回り込んでくるような、そんな音場体験を楽しむことができる。
周囲の壁の反射や部屋の広さに応じた残響音を巧みに生かし、7つのツイーターで部屋に音楽を満たす。そのオーディオ処理を行っているのが、HomePodの場合はiPhone 6に搭載されたA8チップだった。
2020年に登場したHomePod miniもまた、構造上、360度の全方向に音を発出する仕組みを備えている。しかし、HomePodと決定的に異なる点は、搭載しているチップがApple Watch Series 5や同SEに採用されたS5チップとなっていること、そしてドライバーが1つしか搭載されていないことだ。
つまり、HomePodが行っていたようなテクニック、すなわち1つのデバイスでステレオ空間を作り出すような仕掛けを実現することは、物理的にできない。その点で、サウンドを聴いたときの驚きはHomePodの方がとても大きかった。
確かに、AppleはHomePod miniに対しても「コンピュテーショナルオーディオ」を銘打っている。しかし、HomePodのように、空間を認識して単体でステレオ再生やサラウンドを実現することはできない。あくまで、入力された音声データを最適化し、360度再生にふさわしい形に処理して再生している。
ただ、この処理によって、1つのドライバーから物理的に全方位に拡がる音によって部屋を音楽で満たす「ホームオーディオ」のコンセプトを充足しているのだ。
意外と使い方が多いHomePod mini
HomePodは、日本では1台32,800円、HomePod miniは10,800円と、3倍の価格差がある。確かに、HomePodはそのサイズや重量、最大音量など、かなり大きなスペースを音楽で満たして余りある性能と迫力を備え、1台でも満足度の高いサラウンドが再現可能だ。
しかし、HomePod miniは手のひらサイズのコンパクトさながら、ACアダプターは付属の20W充電器の出力を下回るとエラーが出る仕組みで、音の大きさは想像以上だ。ステレオ効果などは期待できないが、家のさまざまな場所に気軽に設置できるため、価格だけ考えればHomePod 1台よりも、HomePod miniを3台購入して家の各所に置いた方が、音楽生活が豊かになる、と考える人もいるだろう。
HomePod miniはステレオペアにも対応する。そこで、HomePod mini 2台をステレオペアにしてリビング用のオーディオとする選択肢の方が、効果的だと考える人もいるだろう。そもそも、日本の住宅事情ではそこまで大きな音も出せないし、音位をしっかりと認識できる方が効果的、という判断もあるからだ。
HomePod miniをデスクのスピーカーとして活用する方法もおすすめしたい。例えば、MacBook Pro 13インチとiPadをSidecarに設定したデュアルディスプレイでデスクを構成している場合でも、HomePod miniをデスクの上に、ちょうど肩幅プラスαぐらいの間隔で設置し、MacのミュージックアプリからAirPlayで音楽を再生すると、非常にパーソナルながら低音から高音まで歪みなく、心地よく楽しむ事ができる環境ができあがる。
インテリアのデザインやサイズも重要だ。確かに、HomePodは性能は良いが、大柄なので“見せるインテリア”として部屋とマッチさせる必要がある。一方で、HomePod miniはとても小さく、特にスペースグレイを選択すると存在感を消しながら音をリビングに流せる。このあたりも、一概に性能で比較できない選択が存在しており、現在のラインアップは両極端であるとも感じた。(続く)