産業技術総合研究所(産総研)は1月12日、Jリーグとそこに属する複数のクラブと連携し、試合やクラブハウスなどでの観客、選手、スタッフの新型コロナウイルス感染リスクを評価するため、換気状態(密閉)の指標としてのCO2(二酸化炭素)計測器や、人の密集・密接状態や観客の行動様式に関する指標としてレーザーレーダー、画像や音響センサーなどを使用した3密(密集・密閉・密接)に関する計測調査を実施し、その第一報として全体の調査内容とスタジアム内のCO2濃度とレーザーレーダーによる混雑具合の計測結果についての発表が行われた。

今回の調査は、産総研 地圏資源環境研究部門 地圏化学研究グループの保高徹生研究グループ長、同・安全科学研究部門 リスク評価戦略グループの篠原直秀主任研究員、同・内藤航研究グループ長、同・人工知能研究センター 社会知能研究チームの大西正輝研究チーム長、同・坂東宜昭研究員らの調査・研究チームによるもの。

新型コロナウイルス感染症の終息が見えない状況において、安全にイベントを開催する方法が模索されている。安全な開催のためには、どのような状況下で感染が広がるリスクが高いのかを知ることが重要である。特にサッカースタジアムなどの大規模施設でのイベントには、一度に多くの観客が集まることから、多くの要素が関係してくる。入場者数、マスク着用の有無、混雑の程度、応援方法の違いなどが、感染の広がりに影響するのではないかと懸念されている。

そのためサッカースタジアムでの試合時や、クラブハウスの観客・選手・スタッフなどの活動範囲で3密が生じやすい状況があるのか、また観客の飛沫防止のためのマスク着用などの行動様式を把握し、感染対策プロトコルの遵守状況を確認することは、今後の対策を検討する上で貴重な情報となると考えられているのである。

またCO2濃度は、3密を避けるための重要なひとつの基準となる。実際に観客が入場しているスタジアムなどの大規模集客施設での感染リスクの実証試験としては、プロ野球スタジアムでのCO2濃度の計測などの調査事例がある。ただし、レーザーレーダー、画像や音響センサーを用いた密集・密接状況の調査と組み合わせて分析された事例はこれまでのところないという。

こうした背景のもと、産総研は、スタジアムでの試合時やクラブハウスの観客・選手・スタッフなどの活動範囲で3密が生じやすい環境が生じているのか、また観客の行動様式を調査し感染対策プロトコルの遵守状況を客観的な数値で示すため、Jリーグやクラブと連携した3密の状況確認の調査(実証試験)が実施された。

具体的には、実際に観客が入場しているスタジアムの客席、コンコース、トイレなどの観客が立ち入るエリア、選手ロッカー、審判控室、運営本部などの選手・スタッフが立ち入るエリア、クラブハウス内のミーティングルーム、更衣室、トレーニングルーム、スタッフルームなどに計測器やセンサーなどが設置された。

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    (上)CO2計測器の設置状況(左:国立競技場 コンコース、中:札幌ドーム観客席、右:NDソフトスタジアムの選手ロッカー)。(下左)国立競技場にセットされた音響センサー。(下右)国立競技場のレーザーレーダーの設置状況 (出所:産総研Webサイト)

5つのスタジアムで実証試験が行われ、試合日、スタジアムの収容人数、観客数、観客収容率は以下の通り(上4つのカッコ内は、そのスタジアムをホームとするJクラブ)。ありがとうサービス.夢スタジアムとNDソフトスタジアムはそれぞれ2試合、そのほかは1試合の合計7試合において調査が行われた。

ありがとうサービス.夢スタジアム(FC今治)

  • 試合日:2020年11月22日、収容人数5000人、観客数1925人、観客収容率39%
  • 試合日:12月20日、収容人数5000人、観客数2139人、観客収容率43%

NDソフトスタジアム(モンテディオ山形)

  • 試合日:11月25日、収容人数2万315人、観客数1875人、観客収容率9%
  • 試合日:12月13日、収容人数2万315人、観客数4561人、観客収容率22%

札幌ドーム(北海道コンサドーレ札幌)

  • 試合日:12月5日、収容人数4万2065人、観客数8905人、観客収容率21%

等々力陸上競技場(川崎フロンターレ)

  • 試合日:12月16日、収容人数:2万6232人、観客数1万1387人、観客収容率43%

国立競技場(2020YBCルヴァンカップ決勝・柏レイソル対FC東京戦)

  • 試合日:2021年1月4日、収容人数5万3000人、観客数2万4219人、観客収容率46%

実証試験は、スタジアムでの試合時に、観客・選手・スタッフなどの活動範囲での密集・密閉状況の目安としてCO2計、人の密集・密接状況や観客の行動様式を確認するためにレーザーレーダー、画像センサー、音響センサーが設置された。

そして、スタジアム内や選手・スタッフが活動するエリアのCO2濃度、入場者間のソーシャルディスタンス、マスク着用の有無、応援方法などの行動、ロッカーなどでの選手・スタッフのソーシャルディスタンスや発話状況の変化などが測定された。また選手・スタッフを対象として、モンテディオ山形とFC今治の協力を得て、クラブハウス内のCO2濃度および画像センサーの調査も実施された。

詳細は以下の通り。

ありがとうサービス.夢スタジアム(FC今治)

  • スタジアム試合時(客席:CO2計、選手・スタッフ関係:CO2計)、クラブハウス(選手・スタッフ関係:CO2計)

NDソフトスタジアム(モンテディオ山形)

  • スタジアム試合時(客席:CO2計、選手・スタッフ関係:CO2計)、クラブハウス(選手・スタッフ関係:CO2計、画像センサー)

札幌ドーム(北海道コンサドーレ札幌)

  • スタジアム試合時(客席:CO2計、選手・スタッフ関係:CO2計)

等々力陸上競技場(川崎フロンターレ)

  • スタジアム試合時(客席:CO2計、選手・スタッフ関係:CO2計)

国立競技場(2020YBCルヴァンカップ決勝・柏レイソル対FC東京戦)

  • スタジアム試合時(客席:CO2計/レーザーレーダー/画像センサー、選手・スタッフ関係:CO2計/画像センサー・音響センサー)

今回の実証試験の結果から、5つのスタジアムの29か所のスタンド観客席でのCO2濃度は、400~700ppm程度だった。

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    スタジアムのスタンド観客席のCO2濃度の変化(線の色はデータ採取地点の違いが示されている) (出所:産総研Webサイト)

各スタジアムの特徴は以下の通り。

  • 札幌ドーム:ドーム型(屋内)であることから観客の入場とともに徐々に増加し、最大660ppmに
  • 国立競技場:試合開始1時間前からCO2濃度が上昇し始める地点が多く、南側のスタンド2階、3階で最高で600~700ppmが記録された
  • 夢スタ、NDスタ、等々力陸上競技場:試合中にわずかな増加は伺えるものの、試合前(約400ppm)からほとんど変化がなかった

観客の収容率が9%~46%の条件では、サッカー観戦で最も多くの時間を過ごすと考えられる観客席のCO2濃度は400~700ppm程度であり、空気で十分に換気されていることが確認されたという。

また、5つのスタジアムの21か所のトイレやゲート・コンコースにおける調査の結果、CO2濃度は時間変動および場所による違いが大きく、一時的に濃度が1000ppmを超える時間帯があることが明らかとなった。

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    国立競技場のトイレ、ゲート、コンコースでのCO2濃度の変化(線の色はデータ採取地点の違いが示されている) (出所:産総研Webサイト)

トイレのCO2濃度は、試合前、ハーフタイム、試合終了後に上昇し、試合中に低下すること、また飲水タイムにもわずかな上昇が見えたという。トイレのCO2の最高濃度は同一スタジアム内でも場所により大きく異なることが判明し、420~2500ppm(5つのスタジアムの21か所)だった。

国立競技場では、小さくて利用人数が多いトイレでCO2濃度が上昇しやすいことも確認された。一方で、これらのトイレにおいて、CO2濃度の変化から推定した換気回数は1時間当たり4~8回となり、一定の換気率が確保できていると推察されるとしている。

入退場ゲートのCO2濃度については、試合後に特に柏レイソル側(千駄ヶ谷駅方面)のゲートで上昇が見られた。これは、入場時には観客は分散して来訪していたが、退場時には一度に多くの観客が退場したためと推察された。中でも、千駄ヶ谷駅方面のゲート付近が密になっていたことが確認されたという。

次にルヴァンカップ決勝戦時に、国立競技場においてレーザーレーダーで計測した観客の位置から、各観客の半径2mの範囲に何人の人がいるかの調査が行われた。

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    左が試合開始前で、右が試合終了後のレーザーレーダーによるコンコースでの人の抽出結果。線は認識された人の軌跡が示されている。右下に柱や中央上に壁が3次元復元できていることがわかる (出所:産総研Webサイト)

各時刻に計測されたすべての人についての平均が求められ、開場とともに徐々に人数が増え始め、どちらのチーム側もコンコースでは試合開始60分前が混雑のピークに。そして、試合に向けて徐々に混雑が減り、試合終了後の混雑が最大となることが確認された。

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    各チーム側のコンコースにおいて、各観客の半径2m内にいる平均人数の推移 (出所:産総研Webサイト)

また、優勝チームの帰宅時のコンコースは負けたチームに比べて30分遅い時間に混雑が発生したことも判明。これらのレーザーレーダーで得られた結果は、ゲート付近に設置したCO2濃度の変化と整合的だという。

今回、実際に観客が入場した異なる5つのスタジアムで、観客が立ち入るエリアを対象として、観客席、トイレ、コンコース・ゲート付近のCO2濃度、国立競技場のゲートでのレーザーレーダーの調査が行われた。その結果、CO2濃度が高い時間帯があるトイレ・ゲートが確認され、レーザーレーダーの結果からもゲートの混雑状況が確認された。これらの場所における観客の滞在時間は短いものの、一時的に密な状況が発生しているため、人の流れを分散させる方策の検討が望ましいとする。

今回得られた結果は、大規模集客イベントなどでのスタジアムなどの対策の指針作りや新型コロナ感染リスク評価、対策効果の評価への貢献が期待されるとしている。

また調査・研究チームは今後、CO2計測やレーザーレーダー、画像センサーや音響センサーといった複数の計測結果を統合した分析を行う予定としている。また、スタジアムの客席やコンコースだけではなく、スタジアム内の選手控室やクラブハウスなど、選手・スタッフの活動エリアでのデータに基づく密の程度や活動状況を評価するとともに、得られたデータをもとにスタジアムやクラブハウスでの活動の際の新型コロナ感染リスクとその対策の評価を行うとしている。