2020年10月10日、ロート製薬、大阪市生野区役所、デジタルハーツによる共催で、小中学生を対象としたeスポーツイベント「脱獄ごっこ×生野っこeスポーツチャレンジ!」が開催されました。
今回は、このイベントを実施に向けてリードした、ロート製薬の荒木健史さんにインタビュー。ロート製薬がなぜ、小中学生向けeスポーツイベントを開催するに至ったのか。その背景や狙いについて伺いました。
選手スポンサーから始まったeスポーツへの取り組み
――まず最初に、ロート製薬のeスポーツに関する主な取り組みについて教えてください。
荒木健史さん(以下、荒木):ロート製薬は、2018年からGO1選手やときど選手(※)といった対戦格闘ゲームのプロプレイヤーとスポンサー契約を結び、eスポーツ選手へのサポートを始めました。2019年からは、高校生eスポーツ大会の「STAGE:0」に、大会スポンサーという形で携わらせていただいています。
さらに2019年、eスポーツの振興を目的として、デジタルハーツさんとの協業を開始しました。この協業では、主に3つの取り組みを進めています。1つ目は、eスポーツ選手に対するヘルスケアのサポート。2つ目は、ロート製薬公式YouTuber「根羽清ココロ」と、デジタルハーツゲーミング所属のみぃみ選手との活動を通じたeスポーツの魅力の発信。そして3つ目が、eスポーツを切り口とした、子どもたちの職業観を広げる試みです。
10月10日に開催した、小中学生向けの「脱獄ごっこ×生野っこeスポーツチャレンジ!」は、この3つ目に関連する取り組みですね。
※2018年8月にGO1選手、2019年3月にときど選手とのスポンサー契約を発表。目薬の「ロートジー」とスキンケアブランド「OXY」でのサポートを行う。
――荒木さんが中心となって、今回のイベントを起案されたとうかがっています。荒木さんは、普段どのようなお仕事をされているのでしょうか?
荒木:未来社会デザイン室という、30年後の未来を考えた施策を行う部署に所属しています。30年後の2050年には、日本の人口が8000万人台になる可能性があると言われていますから、今以上に一人ひとりがポテンシャルを発揮できる社会にしていかなければなりません。
それを考えたときに、重要になってくるのが教育。学校教育ではカバーしきれない部分で、我々にできることはないだろうかと考えました。さまざまな取り組みを進めていますが、そのうちの1つとして「eスポーツ×教育」の可能性に注目しています。
自粛期間で磨いた子どもたちのスキルを披露する場に
――今回開催された「脱獄ごっこ×生野っこeスポーツチャレンジ!」には、どのような背景や狙いがあったのでしょうか?
荒木:まず1つには、新型コロナウイルス感染拡大という、100年に1度レベルの事象が背景にあります。コロナの影響で外出できなかった自粛期間中、僕自身もそうでしたが、育児の負担が大きくなってしまい、ゲームに頼る親御さんも多かった。その中で、小学生を中心に人気を集めていたのが、スマホゲーム『脱出ごっこ』だったそうです。
つまり、子どもたちは3カ月くらいの間、ゲームのスキルを磨いてきたわけです。そのあと、学校が少しずつ再開に向かっていきましたが、そのままでは子どもたちが自粛期間中に鍛え上げたスキルが披露されずに終わってしまう。大人にはわからない秘めた才能があるかもしれないのに、その可能性を閉じてしまうのが非常にもったいないと思いました。
eスポーツには、人種や性別を超えるダイバーシティの側面がありますが、これには“個性の多様化”を認める面もあると思っています。学校の科目では測ることができない“尖り”が、eスポーツというツールを使うことで見えるかもしれない。それが、自粛期間中に子どもたちが徹底的に腕を磨いていた『脱獄ごっこ』で、実証できるんじゃないかと考えました。
――今回のイベントでは、小学生から中学生までが対象となっていました。参加の対象は、どのように決定されたのでしょうか?
荒木:当初は、ロート製薬の本社がある大阪市生野区の小学生を対象として、参加者の募集を始めました。ただ、Twitterなどで情報が拡散されるうちに、千葉や北海道などの遠く離れた地域や、中学生からも「参加したい」という声が寄せられるようになったんです。それを受けて、生野区の学校に通う小中学生の参加を優先しつつ、それ以外の地域からも参加できるように枠を広げた結果、最終的には51名の子どもたちが集まりました。
――当初、小学生のみを対象としていたのには、どのような理由があったのでしょうか。
荒木:現在、小学生を対象としたプログラミング教育や、1人1台の端末を配布するGIGAスクール構想が進められています。こうした中で、子どもたちが触れるデジタル機器への慣れを考えると、小学生をターゲットにするのが適切なのではないかと考えました。
また、デジタル機器が学校に導入されるにあたって、保護者からは目の健康を心配する声もあります。子どもたちに関心のあるeスポーツであれば、「アイケア啓発」として、小学生の段階から自身の目を知るきっかけを提供できるのではないかという考えもありました。
――今回のイベントで採用された『脱獄ごっこ』は、子どもたちの中では流行っているとのことですが、大人にはほとんど知られていないゲームですよね。
荒木:そうなんです。僕自身も自粛期間中は全然知らなかったですし、まわりの大人たちも誰も知りませんでした(笑)。
――なかなかeスポーツと結びつきにくいタイトルではないでしょうか。
荒木:やはり『脱獄ごっこ』は、自粛期間中に子どもたちがずっとやってきたと言われるゲームなので、このタイトルで大会を実施したいと考えました。
ただ、大会開催を目的に作られたゲームではないと思いますので、例えば観戦モードが存在しないなど、イベントで扱うには若干のハードルがありましたね。この点については、各チームに1人ずつ審判兼カメラのスタッフを入れ、4人1組のチームでの対戦にすることで対応しました。
こうした事情も含めて、今回はイベント名を「生野っこeスポーツ“大会”」ではなく、「生野っこeスポーツ“チャレンジ”」としたんです。微妙な表現の違いではありますが、本格的なeスポーツ大会というよりは、その一歩手前くらいのニュアンスを込めていました。
初の試みに奔走したイベント当日
――今回のイベントには生野区長が出演されていましたが、生野区との協力体制について教えてください。
荒木:ロート製薬は、大阪市生野区と包括連携協定を結んでいます。その連携内容の1つに、“子どもたちの可能性を広げる事項、教育に関する事項”が掲げられており、今回のイベントはその一環でもあります。
生野区長もご自身の「note」で書かれていましたが、もともと生野区でeスポーツ大会をやりたいと考えていた経緯もあって、共催でのイベント実施につながりました。
――多くの関係者が携わるイベントだったと思いますが、実現に向けて難しかった部分はありましたか?
荒木:今回、企画から実施に至るまで、すべてのやり取りをオンラインで行いました。共催したデジタルハーツさんや生野区、企画・運営のスポーツタカハシさん、『脱獄ごっこ』のパブリッシャーであるUUUMさんなど、関係者の方々とは直接お会いしていません。これは、コロナ禍のニューノーマルな働き方として、大人たちの1つのチャレンジだったと思います。
さまざまな関係者が携わるだけでなく、小中学生向けの教育をテーマとするeスポーツイベントとして開催するために、その方向性を一致させる難しさは多少ありました。ただ、皆さん同じ方向を向いて進めてくださったので、その点ではそれほどハードルを感じることもなく、とてもありがたかったです。
――実際に開催されたイベントの当日を振り返って、いかがでしたか。
荒木:イベントの運営では、いくつか初の試みがありました。まずは『脱獄ごっこ』が、大会で使われるのが初めてのゲームだったところ。また、Zoomを使ったオンラインイベントとして実施したのですが、大阪市にある「esports hotel e-ZONe〜電脳空間〜」をお借りして、オフラインで参加できる会場も用意しました。オンラインとオフラインのハイブリッドで実施するという試みも初めてで、これも非常に難しかったところです。小中学生を対象としたeスポーツイベントも、あまり事例はないのではないでしょうか。
正直、運営の難しさは織り込み済みでしたが、あまりeスポーツ大会では使われないZoomを使った影響もあり、当日はイベントの進行上、さまざまな課題が明らかになりました。この課題は、ぜひとも次に活かしたいと思っています。
イベントの開催後には、参加されたお子さんと保護者の方にアンケートをお願いしました。ブログなどでさまざまな感想を書いてくださった保護者の方もいましたね。
今回のイベントを通じて、保護者や子どもたちは何を感じた?
――保護者の方からは、アンケートの回答でどのような反応がありましたか?
荒木:保護者の方々には、アンケートで今回のイベントを通じて変化したことや感じたことについて、質問させていただきました。
イベント参加前後の「お子さまの変化」について聞いたところ、自己主張の少ない性格なのに、主体的に大会を見つけ探し出して「参加したい」と伝えてくれた子がいたり、途中で投げ出すことなく最後まで挑戦するようになった子がいたりと、ポジティブな変化が多かったように思います。また、チーム全員がうまく機能したときに勝てたことから、協調性の大事さを学んでいたようだったという意見もありました。
さらに、ただ漫然と遊ぶだけではなく、大会に出て真剣にゲームと向き合うことで、インタラクティブに判断して実行する力が身につくと感じていただけた保護者の方もいらっしゃいました。世間的には「ゲームは悪」と捉えられがちですが、それはむしろ、「大人のネットリテラシーや倫理観が追いついていない」現状があるためだと、おっしゃる通りだなと思う回答を多くいただきましたね。大人がゲームの良さを理解して、子どもに伝えられれば、ゲームは教育面でも味方になってくれる部分があるのではないでしょうか。
――アンケートの内容について、参加した子どもたちからはどのような反応がありましたか?
荒木:子どもたちには、大会までに練習してきた内容や、トークセッションを聞いて感じたことについて質問しました。
回答を見ると、ゲームに関する仕事についてもっと知りたいと思ってくれた子や、プロゲーマーがゲームだけをしているわけじゃないと理解してくれた子がいたので、子どもの職業観を広げることができたのではないかと思います。「いろいろとチャレンジしてみたい」「ゲームも勉強もメリハリをつけてやっていきたい」など前向きな意見をくれた子も多かったですね。
――荒木さんご自身が、イベントを通じて印象的だったことはありますか?
荒木:今回のイベントには、学校に行きづらい状況の子どもたちも参加してくれました。やはりeスポーツには、そうしたインクルーシブな面があると感じました。個人的には、それが一番の成果だったと思うほど、印象的な出来事でしたね。
なお、今回は大会の進行が押した都合で、トークセッションのパートが短くなってしまったので、「プロゲーマーの人たちの話をもっと聞きたかった」という声もありました。これについては、また別の機会を設けたいと考えています。
子どもたちにも大会運営を経験してもらいたい
――今後の取り組みについて、考えている内容や展望があれば教えてください。
荒木:今回のイベントは、運営の面で大人がものすごくがんばっていました。大人ですら大変で、たくさん課題を抱えながらもやりきったのですが、今後これを子どもたちにもチャレンジしてほしいと思っています。
eスポーツというと、プレイヤーが注目されがちですが、その活躍を支える大会運営の存在も欠かせません。大会運営には、合意形成を図っていく他者とのコミュニケーションなど、いわゆる非認知スキルと呼ばれるものが凝縮されていて、まさに社会の縮図と言えます。学校と一緒に取り組んでいく必要がありますが、子どもたちにとって非常に良い経験になるのではないかと考えています。
それから、ロート製薬の三重県にある工場で勤務している若手社員2名に、今回のイベントで現地の運営に入ってもらったんです。彼らは、アマチュアeスポーツ大会に出場した経験があったのですが、運営側の仕事を経験したことで学びがあったと話していました。
また、ロート製薬には社内で兼業できる制度があり、現在その2名は未来社会デザイン室にも所属しています。こうした社内での新たなつながりを生む機会としても、継続していきたいと思います。
――第2回にあたる、次回イベントの開催は検討されていますか?
荒木:今回のイベントで、感謝の言葉をくださった保護者も多かったので、その声にお応えしたいと思っています。関係者と話しながら、今回の経験を活かすような形で、次回の実施を検討したいと考えています。
――荒木さん、本日はありがとうございました!