日本原子力研究開発機構(JAEA)、東京都立産業技術研究センター(都産技研)、東京大学の3者は10月30日、木材から得られる「セルロースナノファイバー」とレモンに含まれるクエン酸、そして水から構成される、環境にやさしい高強度ゲル材料「凍結架橋セルロースナノファイバーゲル」の開発に成功したと発表した。

同成果は、JAEA物質科学研究センターの関根由莉奈研究員、同・中川洋研究主幹、JAEA先端基礎研究センターの南川卓也研究員、同・杉田剛研究員、都産技研の柚木俊二上席研究員、東大大学院理学系研究科の山田鉄兵教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、国際学術誌「ACS Applied Polymer Materials」のオンライン版に掲載された。

近年、環境中に残留するマイクロプラスチックが大きな環境問題となっている。それを解決するため、植物由来のセルロースナノファイバーなど、バイオマス由来の素材を活用した生分解性材料が注目されている。中でも水を介した環境浄化や医療応用には、生分解性ゲル材料が有用だという。

一般的にセルロースなどの天然由来の素材からだけでは、さまざまな用途に耐えられるだけの丈夫な材料を作製することは困難だ。そのため、プラスチックや金属などの無機物と複合させて材料の強度を向上させる手法が用いられてきた。しかし、それらの手法で作製された場合、環境中では完全分解ができず、プラスチック由来の環境問題に対する根本的解決にはつながっていなかった。

セルロースナノファイバーの一種である「カルボキシメチルセルロース(CMC)ナノファイバー」は、食品添加剤や化粧品の増粘剤としても利用されている安全性の高い素材だ。

その分子中には、有機化合物の反応性官能基のひとつである「カルボキシル基」を持つため、ほかの物質と反応させてゲルやフィルムを作製することが可能だ。例えば、同じくカルボキシル基を持つクエン酸と混ぜ合わせると、水素結合を介してゲルを形成するという具合である。

しかし室温では、水中で混ざり合ったCMCナノファイバーとクエン酸が反応すると、不均一な構造を形成してしまう。そのため、持ち上げただけでも壊れてしまうほど強度に乏しいという課題を抱えていた。

そこで共同研究チームは、物質の強度の向上にはミクロなレベルで構造制御することが必要であると考察。その手段として、水の凍結時に生じる物質の凝集挙動に着目したという。例えば、砂糖や食塩などの不揮発性物質を含んだ水を冷やすと、0℃でも凍結しないという「凝固点降下現象」が見られる。これは、氷晶の周りに超濃厚に凝縮した砂糖水が、氷の成長を阻害するために起きる現象だ。共同研究チームは、こうした凍結時に出現する凝縮構造を利用することで、ゲルのミクロ構造の制御ができると考えたという。

今回の研究では、CMCナノファイバーとクエン酸が実験に用いられることとなった。-20℃の環境で凍結させられたCMCナノファイバー溶液にクエン酸溶液が混ぜられた。-4℃の環境で溶かした結果、氷が溶けると同時に白く不透明なハイドロゲル、「凍結架橋セルロースナノファイバーゲル」(凍結架橋CNFゲル)の形成が確認されたという。凍結架橋CNFゲルの保水性が調べられ、全体の重さの約95%もの水をゲル内部に含めることができることが判明した。

  • 凍結架橋セルロースナノファイバーゲル

    凍結架橋セルロースナノファイバーゲルの作り方 (出所:JAEA Webサイト)

続いて、凍結架橋CNFゲルの圧縮強度測定が実施された。凍結架橋CNFゲルに圧縮負荷をかけると、水を放出しながら10分の1以下の厚みにつぶれるほどの柔らかさを持ちつつ、圧縮負荷を除荷すると同時に再び吸水して元どおりの形状に戻る高い復元性が示されたという。さらに、この高い復元性についての分析が行われ、2トンの圧縮負荷にも壊れることなく高い復元性を示す、世界最高レベルの強度が示されたとした。

この強度が発現するメカニズムを調べるため、続いて走査型電子顕微鏡による凍結架橋CNFゲルのミクロ構造の観察が行われた。すると、薄い壁に囲まれた数百マイクロメートルの細孔構造が観察されたという。

  • 凍結架橋セルロースナノファイバーゲル

    凍結がゲルの物性に及ぼす効果。左の凍結した場合は弾力があって指で押してもつぶれないが、右の凍結していない場合は指で押すとあっさりつぶれる (出所:JAEA Webサイト)

つまり、溶液の凍結時に、氷の周囲に凝集したCMCナノファイバー溶液とクエン酸が反応した結果、水素結合による強固な三次元ネットワーク構造が形成され、高強度なゲルになったと考えられるとした。

  • 凍結架橋セルロースナノファイバーゲル

    凍結架橋セルロースナノファイバーゲルのゲル化メカニズム。CMCナノファイバーを水に分散させた水溶液を凍結させると、一見すると普通の氷ができるが、内部では氷結晶の周囲にCMCナノファイバーの凝集体が形成されている。この凝集体は、氷が存在している状態でクエン酸と反応。形成されたCMCナノファイバー-クエン酸凝集体は氷が溶けた後もそのまま残り、強固なゲル骨格としてゲルの強度向上に寄与する (出所:JAEA Webサイト)

一方、凍らせずにCMCナノファイバー溶液とクエン酸を混ぜて作製されたゲルに細孔はほとんど観察されず、持ち上げただけで壊れてしまうほど脆弱だった(室温架橋セルロースナノファイバーゲル)。したがって、“凍結工程”により材料の強度が飛躍的に向上することが確認されたのである。

共同研究チームは凍結架橋CNFゲルの応用可能性を検討し、そのひとつとして、汚染水から有害物質を回収する吸着剤としての性能が調査された。合成色素を含む溶液に作製したゲルが入れられた結果、数分でほぼすべての色素をゲルが吸着し、透明な水を得ることをできたという。以上のことから、凍結架橋CNFゲルは、環境を浄化する吸着剤として有用である可能性が高いことが確認された。

  • 凍結架橋セルロースナノファイバーゲル

    凍結架橋セルロースナノファイバーゲルによる色素吸着。環境浄化材料として利用できる可能性がある (出所:JAEA Webサイト)

生分解性を持った凍結架橋CNFゲルは、従来にはない強度と吸着性能を活かすことで、プラスチック代替材としての緩衝材やソフトロボット材料、または吸着剤としての環境浄化材料などへの応用が期待されるとしている。また、型に入れて凍らせることでさまざまな三次元形状に成型可能なことも特徴のひとつだ。丈夫で微細に三次元成型したゲル材料を用いることで、今までにない再生医療材料などへの展開も期待されるとしている。