国立情報学研究所(NII)とNTTは10月17日、「時間結晶」と呼ばれる時間的な結晶状態の中から複雑なネットワーク構造を発見したと共同で発表した。

同成果は、NII情報学プリンシプル研究系のMarta P Estarellas Postdoctoral Research Fellow、同 根本香絵 教授、NTT物性科学基礎研究所、東京理科大学、大阪大学、JFLI(Japan-France Laboratory of Informatics)の共同研究チームによるもの。詳細は、「Science Advances」に掲載された。

世の中のさまざまな現象は、ノードがエッジで繋がったネットワークとしてグラフ的に表すことが可能だ。そのネットワークを用いた解析は、社会現象から経済、生物までさまざまな現象に対して広く応用されている。

ただし、現実世界のネットワークではスケールフリー性を示すものが多く、数多くのノードからなるため、それをコンピュータで扱おうとすれば高い計算力が必要とされ、従来のコンピュータでは扱うのが難しかった。しかし近年になり、世界規模で量子コンピュータや量子シミュレータの研究開発が加速。それらを用いれば、それらの問題の解明にも役立つと期待されている。ところが、これまで量子コンピュータや量子シミュレータと、複雑ネットワークとの関係はあまりわかっていなかった。

そこで今回行われた研究では、量子の世界において複雑ネットワークを生み出す源として、時間結晶が用いられた。まず通常の結晶で見られる「結晶が融ける」(例えば氷が水になる)という現象が、時間結晶でどのように起こるのかが初めて解析されたのである。

そもそも時間結晶とは何か。結晶とは、ダイヤモンドに代表されるように、原子が規則正しく配列した構造を持っているのが特徴だ。時間結晶とは、その空間的な規則正しさが時間方向にも起こると考えるものだ。ただし結晶と時間結晶は等しいものではなく、理論的には異なることが証明されている。

ところが最近になって、時間結晶は周期的な制御がある場合に、物質の状態そのものが制御周期とは異なる周期的な結晶構造を持つことが知られるようになってきた。それは「離散的な時間結晶」と呼ばれ、2017年に米国の研究者らによって実証された。

しかし、時間結晶は特殊な状況下でしか観測されないという特徴がある。そのため、最近になって量子コンピュータが発展してきたことによって、ようやく実現が可能となった結晶である。

また今回の研究で用いられた離散的な時間結晶のモデルは、量子コンピュータと同じように、量子ビットの列からなる。量子ビットのひとつずつの操作と量子ビット同士の相互作用とを組み合わせた周期的な操作を量子ビット列に施すことで、量子的な状態が時間軸上に周期的に配列し、時間結晶が生み出されるのである。

  • 時間結晶

    周期2の時間結晶となっているときを表したものだ。一番下の列が初期時刻の状態で、横に並んだ量子ビットが採る状態を矢印を使って示している。その上のふたつの列は、離散時刻Tと2T(周期的操作のサイクル)ごとの量子ビットの状態を表している (出所:NII Webサイト)

解析結果に話を戻すと、時間結晶がゆっくりと融けていくにつれて、スケールフリー・ネットワークのような複雑なネットワーク構造が現れることが数値解析によって発見された。しかも、その変化の様子が視覚的にも捉えられたのである。さらに、この段階からさらに時間結晶を融解させていくと、相転移的な振る舞いを示すことも確認された。

  • 時間結晶

    周期2の時間結晶が融け始めることによって出現したスケールフリー・ネットワークの一例 (出所:NII Webサイト)

時間結晶は、量子コンピュータや量子シミュレータで作り出せる点が大きな特徴だ。時間結晶が融解する際に示されるこの性質を利用することで、巨大なネットワークを小さな量子コンピュータでも解析できるようになるという。

どのくらいの大きさのネットワークを生成可能かというと、例えば、これまでに20量子ビットから53量子ビットを持つ量子コンピュータが登場してきているが、これらの量子ビット数で生成できるネットワークは、20量子ビットで約100万ノード、53量子ビットでは約10の15乗(1000兆)ノードとなる。2020年時点で予想されている世界のIoTデバイス数の400億(総務省令和元年版情報通信白書より)と比較しても、十分に大きなネットワークを生成できることがわかる。

なお時間結晶の融解とは、通常の結晶、例えば水の結晶である氷では、温度を上げていくと0度で水へと変化し、この氷から水へ相が変わることを相転移という。氷のときは、原子が空間上に規則正しく並んでいるが、液体の水にはそのような周期的な構造はない。時間結晶においても、同じような過程を起こすのが時間結晶の融解である。

周期2を持つ時間結晶では、ふたつの量子状態が交互に時間軸上に並んでおり、このときの時間結晶のネットワークは規則正しいグラフになる。

  • 時間結晶

    周期2の時間結晶が作る量子状態上のネットワーク (出所:NII Webサイト)

この時間結晶における周期的制御を少しずつ変化させる、つまり「融解させて」いくと、このネットワーク構造が次第に変化し、ノードがより多くのエッジを持つようになる。このとき、ネットワークの各ノードで融けやすさが異なるため、複雑なネットワークを成長させるという。

量子コンピュータが小さくても大きな計算能力を持つのと同じように、時間結晶も、小さな時間結晶で大きなネットワークを包含することが可能だ。時間結晶は量子コンピュータや量子シミュレータで生成できることから、この性質を応用することで、小さな量子コンピュータ上で巨大な複雑ネットワーク解析やデータの指数的圧縮などを通じて、さまざまな応用が期待されるという。

また基礎研究においても、複雑な量子の世界をネットワークとして解析することの有効性が示されたことは、量子複雑系や量子多体系、固体物理の量子的な性質の解明に新しい道筋がついたことになるとしている。