東北大学は9月28日、室温における世界記録の3倍以上のリチウムイオン伝導率を実現できる固体電解質の材料を理論的に発見し、全固体電池の実現に向けて大きく可能性が開かれたと発表した。

同成果は、東北大金属材料研究所の高木成幸准教授、同・佐藤豊人助教、東北大材料科学高等研究所の折茂慎一所長(教授)らの研究チームによるもの。詳細は、「Applied Physics Letters」に掲載された。

現在市販されている電池の多くは、電極間での電荷のやり取りに電解液が用いられている。しかし、電解液の代わりに固体電解質を用いることができれば、複数の大きなメリットを得られるようになる。

まず、液漏れがなくなることで、リチウムイオン電池のように液漏れによる発火の危険性がなくなり、安全性が高まる。そして、同じ体積でもより多くの電気エネルギーを蓄えることも可能となる。つまり、同じエネルギーなら小型軽量化できるということ。さらに、充電時間も短縮することができる。つまり、モバイル機器や電気自動車(EV)などの電動車など、電池やバッテリーを利用するあらゆる機器の利便性を向上させることができるのである。そのため、日本では産学官が連携した全固体電池の国家プロジェクトが立ち上げられているし、世界的にも開発競争がヒートアップしているところだ。

全固体電池の実現には、高いイオン伝導率を有する固体電解質が必要だ。その材料として有望視されているのが、錯イオンを含むイオン伝導体だ。配位結合や水素結合した分子を「錯体」というが、錯イオンとは、そのうちの金属イオンに分子や陰イオンが配位結合(共有結合の一種)することによってできたもののことだ。金属と非金属の原子が結合した化合物であることも多い。

錯イオンは高温で回転し、この運動が材料中の陽イオンの動きを活発にするという特徴がある。しかし室温ではこの回転は起こらず、その結果高いイオン伝導率も得られないため、用途が限定されているのが現状だ。

研究チームは今回、1つの金属原子に多数の水素が結合した「高水素配位錯イオン」を含む水素化物のリチウムイオン伝導率が、室温において従来の世界記録を3倍以上も更新する値に達することを理論的に発見した。この結果は研究チームの予想を超えるもので、高木准教授によれば、回転させるために必要な活性化エネルギーが予想以上に低かったことに驚かされたという。

従来の研究では、B12H12など、大きくて回転にかなりの活性化エネルギーを必要とする錯イオンが用いられてきた。これに対して今回の研究では、1個のモリブデン(原子番号42の遷移金属)に9個の水素原子が結合した「MoH9」を錯イオンとして用いることで、室温において高いリチウムイオン伝導率を実現できることを示したという。

B12H12の場合は、12個の水素だけでなく12個のボロンも回転する必要があるため、高温(高い活性化エネルギー)が必要となってしまう。それに対し、MoH9は実は本当の回転ではなく、回転しているように見える「擬回転」であることがポイントだ。MoH9の構造は中央に重いモリブデンがあり、その周囲に水素が結合している。擬回転とは、重いモリブデンは一切回転せず、水素が実は次々と移動していくとで回転しているように見えるという現象だ。擬回転によって、室温程度の低い活性化エネルギーで回せるのである。

研究チームは、ほかの高水素配位錯イオンを含む水素化物材料にも同じ戦略が適用できると予想している。この機構は極めて一般的であり、ナトリウムイオンやマグネシウムイオンなど、ほかの陽イオンを用いた全固体電池の開発にも役に立つとしている。そして今後、今回の研究で理論予測された室温超イオン伝導体の実証実験を行う予定だ。