環境規制の強化や省エネ化などの要望により、さまざまな産業で電動化(エレクトロニクス化)が進んでいる。特に自動車は急速な勢いで内燃機関による走行体から、モーターを活用した走行体へと、その存在を切り替えつつあり、その動きが止まる気配はない。

「そうした電動化には『電池』『パワーエレクトロニクス』『電気機器』『電気パワートレインの統合』4本の柱で成り立っている」と語るのはANSYS(アンシス)のDirector of Technology Evangelismを務めるLarry Williams氏だ。

  • 自動車の電動化

    電動化の4本柱 (以下、本レポートのすべてのスライドはアンシス提供)

  • Larry Williams

    ANSYSのLarry Williams氏

例えばANSYSは、トヨタ自動車と15年以上にわたる協力関係を築いているが、プリウス1つとってもモータの挙動計算や、システム全体まで含めたすべてのドライブサイクルのモデルを定義し、検証を可能とするモデルベースシミュレーションなどを構築している。「サイクルモデルは路面状況や交通状況などにより異なってくる。それらさまざまなシーン別に最適な運転とはどういったものかをシミュレーションを活用することで見つけることができるようになる」と同氏は、4つの階層をまたぐシミュレーションが走行体の現在の状態とダイナミクスの正確な予測を把握するためには必要なものであるとする。

  • アンシス
  • アンシス
  • アンシスとトヨタの取り組みの一例

こうした取り組みは何もトヨタだけではない。ゼネラルモーターズ(GM)との取り組みでは、電気モーターのシミュレーションにかかる演算速度を早めることで、さまざまなモデルの検証を行いたいという要望がGM側からあったという。しかもそれはモーターで利用する磁石のサイズのほか、材質などを含めたバリエーションの違いでどう性能が変化するのか、といったもので、最大5000のバリエーションに対するテストを実行することが求められたという。ANSYSでは、ホストからネットワーク上のHPCに処理を分散させることで、演算速度の高速化を実現。「Electric Machines Design Toolkit」として、モーターの一部のシミュレーションを行うことで、どういったサイズ、構成が最適なものであるのかを自動的にさまざまなバリエーションに応じてテストすることを可能にしたという。

こうした電動化が進む中で、モーターやバッテリ性能が重視されがちだが、そうした電子機器の信頼性そのものも担保する必要があるというのが同社の認識であり、最近は電磁干渉の技術の信頼性を担保する「EMI scanner」や、集積回路のエレクトロマイグレーション分析のための「Electromigration analysis」なども提供を始めたほか、2019年5月には自動設計信頼性解析ソフトウェア「Sherlock」を開発しているDfR Solutionsのほぼすべての資産を取得するなど、ソリューションの拡充も継続して進めている。

  • アンシス

    Sherlockの概要

しかし、それでもエンジニアリングシミュレーションの世界では、まだまだ手付かずの部分があると同氏は説明。「潜在力や可能性はまだまだ秘められている。その中において、ANSYSが先陣を切って、そうした分野の開拓を進めていく。それにより、シミュレーションの需要はまだまだ高まっていくことが期待される」とし、今後、より複雑化する電動化に対応するためにシミュレーションの重要性が高まっていくことを強調した。

シミュレーションの活用先を拡大する新たな一手

実はそうしたシミュレーションの活用先の拡大に向けた一手をすでに同社は打っている。それが2019年初頭に行ったGranta Designの買収である。

Grantaはもともと1990年にケンブリッジ大学の2人の教授によって創業された材料に関する情報技術ソリューションを提供する企業。より高品質かつ複雑な製品を実現していく上で、材料の特性を知る、ということが非常に重要になっている。「何かの製品を作るときに必要なものづくりの要素は『形』『機能』『製造』『素材』の4つ。デジタル化により、形に関してはCADが、機能についてはCAEによるシミュレーションが、製造ではCAMなどでの自動化などが行われてきたが、素材をどのように活用するのか、という部分の知見は遅れていた。Grantaはそこを埋めることができるソリューションを有していた」とANSYSのSenior Director, Product OperationsであるAnthony Dawson氏はGrantaの担う役割を説明する。

  • Anthony Dawson

    ANSYSのAnthony Dawson氏

また、同氏はANSYSがGrantaを買収した理由について、「ANSYSはPervasive Simulationというキーワードの下、すべてのものづくりのサイクルでシミュレーションを活用してもらうことを目指している。しかし、多くの企業に材料の管理をどのようにしているのか、と問いかけると、多くが混沌とした回答であった。そこで解決するソリューションとしてGrantaに白羽の矢が立った」としている。

  • アンシス

    ANSYSのPervasive Simulation戦略には高品質な材料情報が不可欠といえる

Grantaは「Materials Data for Simulation」、「CES Selector」、「GRANTA MI」という3つの製品で構成されている。中でもMaterials Data for Simulationは買収後に、ANSYSツールに組み込む作業を終えており、ツール上で登録されている世界中の素材メーカーなどが有している材料データを活用したシミュレーションを行うことが可能となっている。

  • Granta

    ANSYS Grantaとして提供される3つの製品

CES Selectorは膨大な材料データをもとに、どういう素材が存在し、現在使っている材料に対し、こういった素材を使うと、どこがどのように効率化される、といったことを知ることができる材料データならびに解析のためのツール。そしてGRANTA MIは、マテリアルインフォメーションツールとして、素材情報の管理に活用されるもので、顧客の有する素材情報のほか、Grantaが保有しているほかの分野の素材情報も活用することで、ものづくりのあらゆる段階で利用することで、素材の情報に関するトラッキングのみならず、どういった情報が有効なのか、効率的に取り出すことができるようになるという。 GRANTA MIは日本では、提供に着手したばかりとするが、すでに自動車OEMメーカーがスモールスタートとして利用を開始したという。また、「現状のGRANTA MIは大掛かりなものになっているので、中堅中小企業(SMB)に向けた小ぶりのバージョンも作ろうと思っている」(同)ともしており、そうしたSMB向けバージョンについては2020年にリリースしたいとしている。

なお、ANSYSがGrantaを買収し、ツールの統合が進むことで、今後は、シミュレーション上で高品質な素材情報を元に、さまざまな解析が容易に行うことができるようになることが期待できるという。「素材データがなければ発見できない知見もある。複数の素材を組み合わせたときの部品の強度がどうなっているのか、といったことはまさにそうした部分で、これからはそうした解析もできるようになるだろう」(同)とのことであり、今後は積極的にGrantaの活用を顧客にアピールしていくとしている。