海の生き物たちが暮らしていくための栄養は、植物プランクトンが作り出している。プランクトンとは、自分で泳がず、おもに流れに身を任せて移動する水中の生き物のことだ。海面近くを漂うさまざまな種類の小さな植物プランクトンは、陸上の植物とおなじように、太陽の光を使う「光合成」で二酸化炭素と水から栄養分を作る。栄養分を体に蓄えたこの植物プランクトンを動物プランクトンが食べる。その動物プランクトンを小さな魚が食べる。それを大きな魚が食べる。最初に植物プランクトンが作った栄養は、この「食物連鎖」で生き物全体を支えることになる。
ここで大切なのは「連鎖」だ。連鎖のどこかが欠けると、本来の生態系は損なわれてしまう。近年の急速な地球温暖化で海水は温まっており、さまざまな形でこの連鎖がほころびる可能性が指摘されている。英スウォンジー大学のカム・タン教授、東京大学の高橋一生(たかはし かずたか)教授らの研究グループは、日本沿岸の動物プランクトンは、海水温が21度を超えると急激に死にやすくなることを確かめた。動物プランクトンは、海の生き物たちの食を底辺に近い部分で支えているため、その変化は、生き物全体の構成に大きく影響するかもしれないという。
研究グループは、動物プランクトンを研究のため染色する際、水中で生きていたものは赤く、死んでいたものは染まらずに白いままにできる手法を開発した。2013年の5~7月に瀬戸内海、浜名湖(静岡県)、相模湾(神奈川県)、東京湾、大槌湾(岩手県)で動物プランクトンを採取して調べたところ、これらの地域に多い「カイアシ類」と呼ばれる動物プランクトンでは、平均して4.4~18.1%、最大で53%が、水中ですでに死んでいた。また、このうち世界の海域でふつうに見つかる「アカルチア属」は、水面から底近くまでの平均水温が21度を超えると、死骸の割合が水温の上昇とともに急激に増えることもわかった。
高橋さんによると、海水温の上昇にともなって動物プランクトンの分布がどう変化するかを追う研究、つまり、日本近海だと、たとえば南のプランクトンが勢力を北に広げるというような生息域の変化を調べるタイプの研究はこれまでにもあったが、今回のように、動物プランクトンの生存率と水温の関係を調べた研究は、例が少ないという。
また、今回の研究で、動物プランクトンの死骸の半分ほどは、海底に沈んで堆積することもわかった。死骸が堆積せずにバクテリアによって分解されれば、ふたたび栄養の元として役立つことになるが、堆積してしまうと、この栄養分の循環から外れてしまう。海中の食物連鎖は、植物プランクトンの作り出した栄養分が、かなり効率よく動物プランクトン、小さな魚、大きな魚へと受け継がれていくと考えられている。だが、海水温の上昇で、この連鎖が動物プランクトンの部分で貧弱になり、植物プランクトンの栄養が十分に魚に届かなくなる可能性もあると高橋さんは指摘する。
日本近海は、海水温の上昇ペースが世界の平均より速い。大槌湾のあたりでも、夏の平均水温は21度くらいになっているという。生き物の連鎖は複雑で、それぞれに適応能力もあるので、地球温暖化で海水温が上昇して21度を超えたとき何が起こるかを、正確に予測するのは難しい。だが、きっと何かが起こることをこの研究は示している。もうすぐそこの話だ。
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