MERが残した成果

スピリットとオポチュニティは、その予想以上の活躍の中で、数多くの成果を残した。

ひとつは、スピリットは5年、オポチュニティも14年半と、設計寿命を大きく超えて稼働し、そして長距離を走行できたことである。とくにオポチュニティの走行距離は、地球以外の天体における走行距離の最長記録を樹立。また、2005年3月20日には、1日のうちに220m走行する記録も打ち立てている。

こうした成果は、MERに続いて2012年に火星へ送り込まれたマーズ・サイエンス・ラボラトリー「キュリオシティ(Curiosity)」などの開発、運用に活かされている。

また、MERが火星から送った美しい写真は、多くの人々を魅了した。両機のミッション中に送られてきた画像は合計34万枚を超え、オポチュニティだけでも21万7000枚以上にのぼる。

これらの写真は、インターネットの発展もあって、世界中で共有された。とくに、ダスト・デビル(塵旋風)と呼ばれる、渦巻き状に立ち上がる突風の写真は大きな話題を呼んだ。NASAはこうした成果から、「MERは素晴らしいドキュメンタリー作家でした」とたとえる。

  • ダスト・デビル

    オポチュニティが2015年に撮影した、ダスト・デビルの画像 (C) NASA/JPL

そして、MERの成果の中で最たるものは、火星がかつて温暖で、また水があったかもしれないことを示す、痕跡を見つけたことである。

とくにオポチュニティは、着陸から3か月後の2004年4月に、フラム・クレーターの近くにあった岩石から、「ブルーベリー」と呼ばれる、ヘマタイト(赤鉄鉱)の小さな球体の鉱物を発見した。このヘマタイトは、水との相互作用によって作られることが多い。

また、この周辺の岩には鉄や硫黄などが含まれていることもわかり、かつてその地層を水が通過した際にヘマタイトが形成され、長い時間をかけて表面に露出し、オポチュニティが発見したものと推測されている。

  • ヘマタイト

    オポチュニティが2004年に発見したヘマタイト (C) NASA/JPL

また、エンデバー・クレーターという別のクレーターの縁では、石膏の鉱脈も発見。「ホームステーク(Homestake)」と名付けられたこの鉱脈は、かつて火山由来のカルシウムと硫黄が水に溶け、地表の割れ目から露出してできたものとみられている。

したがって、いまからおよそ35億年前には、メリディアニ平原は湖で、また火星全体も暖かかった可能性があり、そして生命が存在した可能性もあると考えられている。

さらに、MERが残した火星の地質や気候といった観測成果は、有人火星探査の実現にも役立つ。NASAのジム・ブライデンスタイン長官は「オポチュニティのような先駆的なミッションのおかげで、いつか宇宙飛行士が火星を歩く日が来るでしょう」と語った。

すなわち、MERの目的だった「過去、あるいは現在の火星に水があるかどうかを調べる」、「火星の気候、地質を調べる」、「将来の有人探査に向けた知見を集める」は、すべて達成されたことになる。

火星探査は次の世代へ

MERによる探査は終わったが、いまも火星の地表では、キュリオシティが活躍を続けている。

そのキュリオシティは2018年6月7日、火星に有機分子があることを発見。また、火星にあるメタンの量が、季節に応じて変動していることも発見した。有機分子は生命の材料になり、そして痕跡でもあり、またメタンは生命活動によって発生しうる。このことから科学者は、大昔の火星に生命がいたかもしれない、あるいは現在もいるかもしれないことを示す、新たな証拠だとしている。

また、2020年にはNASAが、キュリオシティの改良型となる新しい探査車「マーズ2020(Mars 2020)」の打ち上げを予定している。キュリオシティとはまた異なる場所を探査するほか、無人ヘリコプターも飛ばす予定で、火星探査に新たな視点が加わることになる。

NASA科学局のトーマス・ザブーケン局長は「いま火星の地表にはキュリオシティがおり、そしてJPLのクリーン・ルームには、マーズ2020がいます。オポチュニティを失った喪失感は、その遺産が、こうして次のローバーに活かされ続けているということで、和らげられています」と語る。

そして同じ2020年には、欧州宇宙機関(ESA)とロシア国営宇宙企業ロスコスモスが共同で、「エクソマーズ2020(ExoMars 2020)」の打ち上げを予定している。この探査機には「ロザリンド・フランクリン」という愛称のローバーが搭載され、ドリルやセンサーを駆使し、生命の有無、あるいは過去にいた痕跡を探す。

  • キュリオシティ

    NASAが2012年に火星へ送り込んだ、キュリオシティの想像図。2020年に打ち上げられるマーズ2020も、ほぼ同型の機体となる (C) NASA/JPL

スピリットとオポチュニティが築いた、火星で生命を探す"精神"と"機会"は、次世代の探査機によって受け継がれていこうとしている。いつの日か、生命やその痕跡が見つかる日が来るかもしれない。

そのときこそ、MERが追い求めたミッションが真に終わりを迎え、そして新たな探査の始まりとなるだろう。

出典

NASA's Record-Setting Opportunity Rover Mission on Mars Comes to End | NASA
Six Things to Know About NASA's Opportunity Rover - NASA’s Mars Exploration Program
The Mars Exploration Rovers: Spirit and Opportunity
Science - NASA Mars
Martian 'Blueberries' - NASA’s Mars Exploration Program

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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