前代未聞の船外活動と今後の対策

ロシアの国営宇宙企業ロスコスモス(Roskosmos)は、公式には、こうした報道に対して、未確認の情報であるとして自制を求めるようにコメントした。しかし、報道は止まらず、さらにロスコスモスのドミートリィ・ロゴージン社長がこの陰謀論に対して「考えられうる」などと言及したこともあり、長らくくすぶり続けた。

最終的に、ISSの船長であるフェウステル飛行士が否定したこと、またロスコスモス内での調査も、地上での製造段階で起きたとする見解に傾いていったこともあり、こうした陰謀論は徐々に消えていった。

一方ISSでは、船外活動によって、宇宙船の外からこの孔を調査する計画が立ち上がった。当初は11月に行われる計画だったが、10月にソユーズMS-10の打ち上げ失敗事故が起きたことから、ソユーズMS-11が打ち上げられ、新たな宇宙飛行士がISSに到着したあとの12月12日に実施された。参加したのは、ともにロシアのオレク・コノネンコ飛行士と、セルゲイ・プロコピエフ飛行士だった。

この船外活動では、まずナイフを使って軌道モジュールを覆っている断熱シートを切り裂き、続いて船体に取り付けられているデブリ・シールドを金属バサミで切るという、大手術のような前代未聞の作業が行われた。そして、その下から出てきた船体の孔を確認し、写真を撮影。さらに孔の周囲をこすり、付着していると考えられる接着剤を採取。また抜けた接着剤が飛び散った可能性もあることから、デブリ・シールド周辺でもサンプル採取が行われた。

  • 船外活動中の宇宙飛行士

    孔の調査のため、船外活動中の宇宙飛行士 (C) NASA

採取されたサンプルはソユーズMS-09に搭載され、12月20日に地球に持ち帰られた。

その後1月27日時点まで、この一連の事件に関する大きな発表、報道はないが、原因としては最初に報じられたように、孔は地上の製造、あるいは組み立て中にあけられたものであるという結論で、おおむね固まりつつあるようである。

誰がなぜ孔をあけたのかは不明だが、当初の報道どおり、作業員が過失であけてしまい、それを隠すために接着剤で孔を埋めた可能性が高い。とくに、くだんの孔の付近には、別の正常な孔があり、それを加工しようとして場所を間違えてしまったというのはありえる話である。

また、待遇などに不満をもった作業員が、抗議や憂さ晴らしを目的に、サボタージュとして孔をあけた可能性もあろう。ロシアの宇宙産業の給与水準は決して高くなく、それゆえに優秀な人材が金融やITといった他の業種や、他国に流出する状況が続いている。もっともサボタージュである場合、接着剤で孔を埋め、破壊工作を目立たなくすることの説明がつかない。

また、ミスにせよサボタージュにせよ、たとえば試験中に孔に気づくものの、スケジュールの遅れなどを気にして補修したといった、組織的な隠蔽が行われた可能性もある。

ちなみに、組み立て後の軌道モジュールに孔をあけるには長さ30cmのドリルが必要だが、組み立て前の段階ならそれより比較的簡単にあけられるという。

また、1月11日のSputnik(英語版)の報道によると、ソユーズ宇宙船を製造している企業RKKエネールギアにおいて、今後のソユーズ宇宙船の組み立てでは、すべての段階で監視カメラによる記録を行うとし、またこれまで監視カメラが設置されていなかったエリアにも追加で設置するという。この点からも、現場では組み立て中に起こったことと受け止められている可能性が示唆される。

  • 船外活動中の宇宙飛行士から確認された孔

    船外活動中の宇宙飛行士から確認された孔 (C) NASA

どん底から這い上がれるか

今回のソユーズMS-09の孔、そしてソユーズMS-10の打ち上げ失敗もまた、ともにロシアの宇宙産業の弱体化を如実に示すものであり、そして、その信頼性はさらに大きく下がった。

筆者が本誌でたびたび取り上げているように、ロシアの宇宙開発は近年、今回に限らずロケットの打ち上げ失敗や衛星の故障などが相次いでいる。

その発端は、ロシア誕生後の資金不足と、それによる宇宙予算の削減にある。これにより、新たな宇宙計画は軒並み中止や凍結となり、維持されたものも資金不足から十分な開発や試験を行うことができず、多くの失敗を引き起こした。さらに、熟練の技術者による新人の育成や技術の伝承が行えず、技術者の世代交代に失敗。その結果、新しいロケットや衛星を造る技術はもちろん、従来からあるロケットや衛星を正しく造り続ける技術も失われることになったとされる。

こうした事態は、ものづくりにおいては普遍的なことであり、また1990年代から、近い将来のロシアの宇宙開発で起こるであろうことが予想されていた。

拙稿「ロシアの『ソユーズ』ロケットはなぜ墜ちたのか - その顛末と背景」でも触れたように、ソユーズMS-10の打ち上げ失敗の原因は、ロケット組み立て時に機体同士がぶつかり、センサーを破壊してしまったことにあった。これは作業員の教育や、現場の環境、あるいは試験や検査の体制がしっかりしていれば、少なくとも打ち上げ失敗という事態は防げた可能性が高い。

今回のソユーズMS-09もほぼ同じことがいえる。誰かがなんらかの過失で孔をあけてしまったのだとしたら、ミスは仕方ないにしても、それを重大なことと認識できる知識、ミスを申告できる環境があれば、打ち上げ前に歯止めをかけることができた可能性がある。

こうした状況と、これから改善できるのかは不透明である。監視カメラの設置数を増やすという対策は、解決策のひとつだろうが、根本的とは言いづらい。

また、事件が発生した直後に、米国の宇宙飛行士が孔をあけたとする陰謀論がのさばったことは懸念すべきことであろう。可能性のひとつではあるにせよ、筋としてはきわめて悪い、まさしく陰謀論であり、また確固たる証拠もないなかで、ロスコスモスのトップがその可能性に言及したり、地上での生産ミスよりも可能性が高い説として取り上げられたりするのは異常である。

いくら、ソユーズの事故という悪印象を薄めたいという意図があったにせよ、また米ロ関係の悪化も手伝ったにせよ、こうした真実から目をそらそうとする姿勢は、百害あって一利なしであろう。

どんな乗り物よりも高く、遠くを速く飛ぶ宇宙船が、本質的に危険性が高いものであることは、これからも変わるものではない。その危険性をできる限り小さくするには、品質と信頼性を高めるしかない。しかし、今回の事件をめぐる一連の流れからは、はたしてそれが認識されているのか、そして改善できるのか、大きな不安が残る。

これからもソユーズはしばらく、ISSへ宇宙飛行士を輸送する唯一の手段であり、米国の民間宇宙船の運用が始まっても、並行して輸送手段として、あるいはバックアップとして、そしてISSに非常事態が起きた際の救命艇としての役割を担い続ける。

その中で、今回の事態からロシアが立ち直れるのか、そして二度とこうした事故が起こらないよう対策が取られるのか、注意深く見守る必要がある。

  • 打ち上げ準備中のソユーズMS-09宇宙船

    打ち上げ準備中のソユーズMS-09宇宙船 (C) Roscosmos / RKK Energiya

出典

International Space Station Status - Space Station
TASS: Science & Space - Hull of Soyuz spacecraft was damaged before launch, says expert
ロスコスモスによる、メディアに自制を求める声明文
Russian EVA examines hole repair area on Soyuz MS-09 - NASASpaceFlight.com
Unexplained hole aboard Soyuz puzzles crew, stirs up wild theories

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info