• 画数84画の「たいと」(「おとど」とも読む)を店名に冠した「おとど食堂」のラーメン。海苔にも「たいと」の文字が印刷されている

そこには明らかに文字としての漢字が存在するのに、それがコンピュータで使えない。まさか今どきそんなことがあるはずないと思うかもしれないが、それが現実だ。今や、コンピュータで使えない文字はこの世に存在しないと同義といってもいいくらいなのに、こうした状況の改善はなかなか進んでいないのが現状だ。

  • 上の文字が「びゃん」、下の文字が「たいと」

膨大な数の漢字をどう管理する?

もちろん膨大な文字数がある漢字は、すべての文字にコードを割り当ててコンピュータで処理できるようにするというのは論理的には可能であってもしょせんは夢物語らしい。特に人名や地名で使われる異体字の存在は悩ましい。それでもれっきとした文字なのだから、なんとかならないものなのだろうか。

こうした悩みを解消するためのひとつの方便として使われているのがIVS(Ideographic Variation Sequence)という仕組みだ。

この仕組みは、基準となる文字をベースに、その文字コードはそのまま、そこから枝番をつけて異体字を管理する方法だ。つまり、文字のバージョン違いをひとつのコードで管理して解決する。そのため、検索や過去文書との互換性などの点でも有利だ。仮にプアなフォントしかない環境では、枝番が無視されるので、字形は異なっても文字が欠損することなく表示されるので大きな混乱は生じない。細かい字形の違いを無視し、同じ文字として検索ができるからだ。

漢字のパーツを集めてひとつの文字を作る

だがこの世は広い。IVSの仕組みを使ってもなお表示ができない漢字が存在する。ではどうするかというと、 IDS(Ideographic Description Sequences)という仕組みを使う。

こちらは、いわば漢字記述言語というべきもので、ほぼ正方形の文字の中に、すでにコードを持つ部品を並べるシーケンスを記述して一文字の漢字を構成することができる。「祥」という漢字を表現するのに「しめすへんにひつじ」といった言い方をするが、これを体系化したものと考えていい。

IDSを使うことで、パーツの組み合わせによる漢字の表示ができる。だが、その文字デザイン、いわゆるグリフについては個別に用意する必要がある。これがまた一筋縄ではいかないらしい。

「源ノ角ゴシック」に日本一画数の多い漢字が登場

PhotoshopやIllustrator、InDesignといったデザイナー御用達アプリで知られるアドビは、Googleと共同でフォントを開発し、フリーでオープンソースフォントファミリーを提供している。そのひとつが「源ノ角ゴシック」だ。ちなみにGoogleからは「Noto Sans」という名前で提供されている。オープンソースなので、ライセンスを守りさえすればフリーで利用できる。

「源ノ角ゴシック」は「げんのかくごしっく」と読み、英語名で「Source Han Sans」。「Source」は「源」、 「Han」は「漢字」、「Sans」はゴシック系を意味するので、それらしく「源ノ角ゴシック」とされたそうだ。「源ノ明朝」とともに「源ノ」シリーズを構成している。

その「源ノ角ゴシック」で2つの文字が使えるようになった。IDSに対応したグリフが特別に用意されたのだ。

「源ノ」シリーズフォントは中国語(簡体字、繁体字)、日本語、韓国語の4種類のグリフを持つ多言語フォントだ。正確には「源ノ角ゴシックCJK」がフルセットで、それ以外に日本語グリフだけを持つ「源ノ角ゴシックJP」がサブセットとして提供されている。

そのフルセットの「源ノ角ゴシックCJK」に、IDSを使った新たなグリフ「びゃん」と「たいと」が2018年11月に登録された。日本一画数が多いと言われる漢字だ。

  • 左が「びゃん」、右が「たいと」。細かすぎてひとつの絵のように見える