ヌリ号エンジン試験用ロケット(KSLV-II TLV)

今回行われたのは、エンジン試験用ロケット、もしくは「KSLV-II TLV」と呼ばれるロケットの打ち上げで、前述した計画計画の第2段階にあたる、75トンf級エンジンの性能の検証や確認を目的としたものである。

この試験用ロケットは、完成形のヌリ号とは異なり、1段目がなく、2段目より上だけを抜き出したような姿かたちをしている。ただ、通常第2段には真空用の大きなノズルのエンジンが装着されるが、試験用ロケットでは第1段で使う小さなノズルのものを搭載。さらに第3段は実機を模したダミーである。当然、衛星を打ち上げる能力はなく、先端に衛星などのペイロードも載っていない。

当初打ち上げは10月25日に予定されていたが、試験中に推進剤の加圧系統に問題が見つかったことから延期。仕切り直しての今回の打ち上げとなった。

ロケットは11月28日の16時ちょうど(日本時間同じ)に発射台を離昇した。エンジンの燃焼時間は目標の140秒を超え、151秒を記録。その後慣性で飛行し、最高到達高度は209kmに達したという。最終的に機体は、ナロ宇宙センターから約429km離れた、済州島の南東の公海上に安全に落下したと分析されている。

KARIは「今日のエンジン試験用ロケットの打ち上げにより、ヌリ号のコアとなる技術であり、開発の難易度が最も高かった70トンf級エンジンの検証ができた。今後、開発が順調にいけば、2021年に純国産の宇宙ロケットをもつことができるだろう」とコメントしている。

  • ヌリ号のエンジン試験用ロケットの打ち上げ

    ヌリ号のエンジン試験用ロケットの打ち上げ (C) KARI

国産ロケットの実現による期待と、残る課題

今回の試験の成功によって、ヌリ号の実現に向けて大きな一歩となったことは間違いない。とくに、推力75トンf級の液体ロケット・エンジンを開発できた国は少なく、ロケット開発の歴史においても大きな一ページを刻んだといえよう。

今後、無事にヌリ号が完成すれば、韓国は宇宙へのアクセスにおいて自律性を確立できることになる。前述のように韓国は小型衛星において高い技術をもっており、ヌリ号はまさにそうした衛星の打ち上げに最適なロケットであることからしても、韓国の地から、韓国の国産衛星を、国産ロケットで打ち上げることが可能になる。

また実用衛星のみならず、2020年代に計画されているように月探査のような科学探査ミッションも独自に行うことができるようになろう。

さらに、衛星がすでに他国への輸出に成功していることから、衛星開発と打ち上げ輸送サービスをセットで、他国へ売り込むことができる可能性も出てくる。

くわえて、この75トンf級エンジンをもっと多くクラスター化したり、これを基にさらに強力なエンジンを開発したりすれば、静止衛星の打ち上げができる大型ロケットへの発展も見込める。実際の開発はまだ始まっていないようだが、すでにそのような計画の存在も聞こえてきている。

  • KARIが計画している月探査の想像図

    KARIが計画している月探査の想像図 (C) KARI

一方で、ヌリ号の開発、そしてその将来には課題もいくつかある。

ひとつは、ヌリ号が完成するかどうかがまだ未知数であるという点である。たしかに最大の関門だった75トンf級エンジンはほぼ完成したが、ヌリ号の第1段はそのエンジンを4基束ねる(クラスター化する)必要がある。クラスターは、比較的容易に大推力のロケットを開発できる手法とされるが、それはあくまで新規に大推力エンジンを開発する場合と比べての話であり、クラスターが簡単というわけではない。各エンジンへの推進剤の供給から飛行時の制御まで、これから解決すべき技術的課題は多い。

さらに各段の分離機構など、ナロ号で韓国側が開発を手がけていない部分も新規開発となるため、2021年の初打ち上げを目指した開発スケジュールが遅れる可能性は十分にある(もっとも、新型ロケット開発において遅れはつきものであり、深刻なことではない)。

もうひとつは打ち上げ場所の問題である。ナロ宇宙センターは韓国の南西部、全羅南道の高興と呼ばれる場所にあり、東シナ海に面してはいるものの、ここから衛星を打ち上げるのはきわめて難しい。

たとえば、ヌリ号にとって所要なペイロードとなる偵察衛星や地球観測衛星などを打ち上げる場合、地球を南北に回る軌道に、つまり射場から南方向に打ち上げる必要がある。しかし、射場を飛び立ってすぐ西には済州島があり、東には五島列島があるため、ロケットはその間を縫うように飛んでいかなくてはならない。また、沖縄の上空(ただし高度100km以上)を通過することになるため、分離したロケット部品や、打ち上げ失敗時の落下場所にも注意する必要がある。こうしたことから、打ち上げの自由度は低く、またロケットが最適な飛行経路を取れず、打ち上げ能力の低下を招くことにもなる。

さらに、静止衛星などの打ち上げの場合、東や南東方向に飛ばす必要があるが、日本列島があるため、直接この方向へ打ち上げることはできない。いったん南に飛ばして飛行経路を大きく曲げる、いわゆる「ドッグ・レッグ・ターン」をすれば打ち上げは可能だろうが、ロケットの打ち上げ能力が大きく下がることになる。他国に発射場を建設するか、ロシアの「シー・ローンチ」のように洋上の船から打ち上げるというのが現実的な解決策かもしれない。

そして、無事にロケットが完成したとしても、今度は運用、維持の問題が出てくる。ヌリ号の打ち上げコストは不明だが、初めて本格的に開発するロケットであり、また再使用なども考えられていない以上、他の同性能のロケットと比べて安くなることは考えにくい。

たとえ高価なロケットでも、宇宙輸送の自律性の確保という観点から維持し続ける意味はあるものの、韓国国内の打ち上げ需要は決して多くない。ヌリ号が完成すれば、それに励起されて国内需要が盛り上がる可能性もあるが、それでも飛躍的に増えるというのは考えにくい。

前述のように、他国から衛星開発から打ち上げ輸送サービスまでセットで販売するといったビジネスに乗り出すのは、打ち上げ需要を増やすひとつの手だろうが、実績のないロケットでいきなり受注を取るのは難しい。

ヌリ号の運用の成功と発展のためには、まず官需打ち上げで実績を重ね、ビジネスにも乗り出しつつ、ロケットの改良を進めて、徐々に低コスト性、信頼性、実績などを高めていくことが必要となろう。

それは時間もお金もかかり、確実に努力が実るという保証もない厳しい道となるだろうが、今回のエンジン試験用ロケットの成功で、そのためのスタートラインに立ったのは間違いない。

  • ヌリ号の想像図

    ヌリ号の想像図 (C) KARI

出典

KARIプレスリリース
韓国独自のエンジン試験用ロケット、打ち上げに成功 : Korea.net : The official website of the Republic of Korea
Korea Space Launch Vehicle KSLV-Ⅱ > Space Launch Vehicle > R&D >
韓国型ロケット「ヌリ号」75トン液体エンジン151秒燃焼、成功基準140秒越えた | Joongang Ilbo | 中央日報
Key Space Programs - Satrec Initiative

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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