クアルコムの次世代モバイル向けフラグシップSoC「Snapdragon 855シリーズ」の詳細が、ハワイ・マウイ島で開催中のプレスイベント「Qualcomm Snapdragon Technology Summit」でベールを脱ぎました。

現行Snapdragon 845シリーズから何が変わるのか? 最新SoCを乗せたスマホはどのメーカーが、いつ頃発売するのか? など現地でイベントを取材してわかったことをお伝えしたいと思います。

  • Qualcomm Snapdragon Technology Summitの開催2日目は最新SoC「Snapdragon 855」シリーズの新機能がかなり熱く、徹底的に紹介されました。デモルームでは試作機によるSnapdragon 855の新機能を試すこともできました

  • Snapdragon 855のSoCチップのイメージ

  • Snapdragon 855シリーズのシステム構成を解説するクアルコムテクノロジーズのSVP兼プロダクトマネージャー Keith Kressin氏

クアルコムが発表したSnapdragon 855シリーズが進化したポイントは大きく「5G対応」と「AIの強化」という2点にまとめられます。

クアルコムの5G戦略については本イベントの初日に開催された基調講演のレポートでもお伝えしていますが、2016年に発表した5G対応のモデムチップ「X50 5G」と、Snapdragon 855シリーズをパッケージにした「Snapdragon 855 Mobile Platform」を、モバイルも超えてさまざまな産業分野に向けてアピールしながらパートナーを獲得していくというものです。

  • Snapdragon 855シリーズには数日にわたるイベントでも紹介しきれないほどの新しいハイライトがありました

  • 特に注目したい点が5GとAIです

5Gモデムとミリ波対応モジュールで4Gから5Gへの移行

モデムチップのX50はミリ波と6GHz未満のSub-6を包括するすべての5G通信に特化しています。このチップに4G LTEほか3G/2Gの通信ネットワークまで対応するSnapdragon 855を合体させることによって、4Gから5Gへの移行時期に対応するプラットフォームを提供します。

  • 「Snapdragon 855 Mobile Platform」による5Gと4G LTEの広く安定したカバーを実現できるところが新SoCの特徴

現時点で5G対応の通信機能も含めてひとつのSoCにまとめなかった理由について、日本と韓国のメディア向けに開催されたラウンドテーブルの場で、クアルコムの幹部が「まだ5G通信の“本命”が世界各地域で定まっていない時期に、最も効率よくベストな通信環境を提供するため」とコメントしています。パッケージングが困難だったからというわけではなさそうです。

  • 日本・韓国から参加したメディアによる共同記者会見に応えるAlex Katouzian氏

アンテナの感度を安定させることがいまの技術ではまだ難しいとされているものの、5G通信の大きなメリットといわれる「高速・大容量」の特長が活かせるミリ波(=高周波数帯「5G NR(New Ratio)」)をベースにした“スマホ向けのソリューション”を実現することをクアルコムは目標に掲げてきました。

スマホとして多くのユーザーに利用される5G端末を実現するためには、本体の小型・スリム化も課題とされてきましたが、クアルコムでは2018年7月にミリ波対応の小型アンテナモジュール「QTM052」を発表。今回のイベントにも出展している5Gリファレンスデザインに組み込んでいます。

  • 5Gリファレンス端末はミリ波対応の小型アンテナモジュール「QTM052」を本体の上下左右に配置して、本体を握った手が電波を遮らないように工夫しています

このデザインを採用した理由について、クアルコム幹部は「アンテナモジュールをデバイスの上下左右に1基ずつ乗せることによって「本体を縦・横のどちら向きに構えても、あるいは左右を両手でホールドしてもミリ波アンテナの通信を遮らないため」と説明しています。

Snapdragon 855シリーズに内包するLTEモデム「X24」は4G LTEのCategory 20に対応しており、ダウンリンクで最大2Gbpsの高速通信をサポートする強力なチップです。Wi-Fi通信の方でも、モバイル端末向けのSoCとしては世界で初めて60GHz帯で最大10Gbpsの通信速度を実現する「Wi-Fi 6/11ay」をサポートしました。

  • 体験ブースでは5G通信システムを使った高精細なVRコンテンツのライブ送信デモンストレーションが公開されました

アーキテクチャをAI向けに最適化。3倍の性能向上を実現

AI(人工知能)について、クアルコムは過去のSnapdragonシリーズからエッジ側端末の「オンデバイスAI」によるリアルタイムな高速/ハイパワーな処理を実現することにこだわり続けてきました。

2017年のQualcomm Snapdragon Technology Summitで発表されたSnapdragon 845シリーズでは、AIやXR(クアルコムが提唱するVR/AR/MRを包括した「eXtended Reality」の略)に関わる処理を高性能なDSP「Hexagon 685」プロセッサに預ける格好としていましたが、最新のSnapdragon 855ではアーキテクチャを最適化したことで、AI関連の処理パフォーマンスを約3倍に高めています。

  • 独自設計による新しいCPU「Kyro 485」は3基の高性能コアと4基の高効率コアに加え、全体のパフォーマンスを制御する1基のプライムコアを合わせた8コア構成

  • 現行のSnapdragon 845シリーズに対してCPUは約45%、GPUも約20%の性能向上を実現しています

これまでDPSチップの演算処理に任せてきたコンピュータ画像解析や音声認識の処理の一部から、使用する頻度の高いものをハードウェアベースの専用ICチップに切り出して、DSPの側に生まれた余力を高度な処理能力を必要とするAI関連のタスクに集中させる方向でアーキテクチャに見直しをかけています。

  • クアルコムのモバイル向けSoCでは第4世代にあたるAIエンジンは、秒間7兆もの演算処理に対応しています

これによって、コンピュータ画像解析については静止画だけでなく動画撮影時に被写体となる人物の背景にボケ味を加えたり、音声処理の場合は人間の「声」を周囲の騒音から選り分けて高精度にピックアップするノイズキャンセリングマイク機能など、それぞれの機能をさらに研ぎ澄ませることが可能になりました。

XR関連でも、将来の5Gに対応する高速・大容量通信環境を活かした4K/8K、VR/ARコンテンツの配信サービスを想定したパフォーマンスの強化を図っています。

超音波で指紋パターンを取得する指紋認証センサー

セキュリティ関連についてはコンピュータ画像解析処理のパフォーマンス向上に伴う顔・虹彩認証も進化した点として挙げられますが、Snapdragon 855の新しいフィーチャーとして注目したい技術がほかにもあります。

それがディスプレイに埋め込むタイプの指紋認証センサーを可能にする「3D Sonic Sensor」です。本機能の詳細については、記者からの質問にクアルコムのMobile SVP and General ManagerのAlex Katouzian氏が次のように回答しています。

「元になっているのは、クアルコムが2013年に買収したUltra-Scan Corporationによる超音波で指紋パターンの立体データを取得する『Ultrasonic Fingerprint Scanner Technology』というもので、政府・軍事関連施設など高度なセキュリティ認証を必要とする施設向けのBtoB向け技術です。これをモバイル端末向けに小型・量産化ができる見通しが立ったため、3D Sonic Sensorとしてローンチしました」

Katouzian氏は、超音波を使って指紋の形状を3Dデータで取得・判別するため、平面情報しか取得できない他の技術をベースにした指紋認証よりも格段にセキュアな運用ができることのほか、ディスプレイモジュールと一緒に積層するセンサーを搭載したフィルムが薄型化できること、あるいは光学指紋センサーが課題とするディスプレイの焼き付きが回避できることなどを「3D Sonic Sensorの特長」として紹介しています。

フレキシブルOLEDをベースにしたディスプレイモジュールとの組み合わせに適した技術であるため、現在クアルコムとパートナーを組むディスプレイメーカーとの共同開発が進められているようです。どんなスマホにいつ頃搭載されるのでしょうか。Katouzian氏は「フレキシブルOLEDを搭載するプレミアム・ハイクラスの端末が2019年前半に商品化される見通し」であると述べています。