資生堂は、マスメディアやデジタルメディアを通じてブランドプロモーションを展開する一方で、なぜ企業向けの研修という形でBtoBのアプローチを推進しているだろうか。セミナーで講師を務めた堀氏に話を伺った。
まず、メンズスキンケア市場の現状について伺ったところ、堀氏は「直近5年間では、年平均成長率でメンズ市場の中でスキンケアのカテゴリが他のカテゴリと比較して最も成長している」とメンズスキンケア市場が成長分野であるとした一方で、メンズスキンケア製品の使用率は他のカテゴリが6割ほどなのに対して3割程度に留まっているのだという。「伸びしろのある市場だ」と堀氏は語る。
「若者の美意識の変化や自撮りをSNSにアップするといったビジュアルコミュニケーションの盛り上がりなどを受けて、日本の成長は必至ではないか」(堀氏)
このような市場環境において、資生堂は消費者に直接アプローチするだけでなく、企業を通してその従業員男性にアプローチするというBtoBtoEのマーケティングを展開した。その背景について、堀氏は男性にスキンケア製品を使ってもらうための2つのポイントを挙げている。
ひとつは、まだ馴染みのない“男性のスキンケア”について、知ってもらう機会の提供だ。
「まず、そもそも男性はスキンケアを体験する機会も情報収集する機会も少ない。女性は母親や友人から学べるが、男性はそれがない。ただ、男性でも一度体験すると習慣化に向けた障壁が低くなる。そこで、企業向けセミナーを通じて体験してもらいながら正しい情報を伝えることが重要だと考えた」(堀氏)
もうひとつの背景が、ビジネスパーソンにとってのスキンケアの“自分ごと化”だ。堀氏が、「男性にとって“肌をよく見せることの意義”を考えたとき、一番に想定されるのがビジネスシーン。仕事におけるパフォーマンスの向上がスキンケアにできる貢献だと考えている」と説明するように、セミナーでも海外のビジネスパーソンがスキンケアに対して持つイメージなどを紹介しながら、スキンケアがビジネスにおけるパフォーマンスと関係していることを訴求した。肌のマネジメントをビジネススキルのひとつとして訴求する上で、企業における社員向けセミナーは最適なのだ。
実際、堀氏によるとこれまで様々な企業で開催された“肌マネジメント研修”は好評で、社内で話題になって再度の開催を希望する企業があったり、セミナーを受けた社員を通じて取引先企業で話題になったり、開催希望の企業からの問い合わせが増加するなど、手応えを感じているという。
「今後は大学生向けの就活サポートなども考えている。就職試験においても、第一印象で学生たちに対する評価は大きく変わる。ビジネスにおけるパフォーマンス向上と同じく、スキンケアで就活という競争に貢献できれば」(堀氏)
顧客起点で考える、資生堂のデジタルマーケティング
同じスキンケア製品のマーケティングでも、男性向けと女性向けでは考え方が全く異なる。その違いについて、堀氏は「スキンケアが習慣化しており成分や機能の訴求にも関心を持てる女性と違い、男性はそもそも“スキンケアは面倒くさい”というバリアが非常に強い。男性向けマーケティングでは、まずこのバリアを取り払うこと、そしてスキンケアがする明確な理由(=ビジネスにおけるパフォーマンスの向上)を伝えて習慣を作っていくことが重要だ。結果的に自社の商品が選ばれなかったとしても、市場全体が活性化すれば喜ばしいことだ」と語る。では、デジタルマーケティングはどのように展開していくのだろうか。
堀氏によると、男性スキンケアブランド「UNO」については、前述の通り“手軽さ・簡単さ”と“ビジネスのパフォーマンス向上”を訴求するプロモーションをマスメディア広告などで展開しているが、デジタルチャネルを活用したプロモーションにも力を入れているという。
「テレビ視聴が減少するなか、デジタルメディアを活用したマーケティングは必須だ。若者層などを中心に、テレビを視聴しながらYouTubeを視聴したりスマートフォンを見ていたりすることも多い。同時情報接触が増えているなか、“あなたに関係のある情報だ”ということを丁寧に訴求しなければ、視聴者には受け取ってはもらえない。テレビのリーチを活用しながら、男性に親和性の高いデジタルメディアを活用して補完効果・クロスメディア効果を高めていくことが重要だ」(堀氏)
堀氏によると、こうしたクロスメディア展開によって、男性視聴者のブランド認知や購入意向には良好な効果を生み出しているというが、一方でリアルとデジタルをクロスしたマーケティング施策でも大きな効果を生み出しているのだそうだ。
興味深いところでは、人気ラーメンチェーン「一風堂」とのコラボレーション。期間中にラーメンを注文した人にオプションの「海苔」をプレゼントし、そこにUNOの広告をプリントしたという。実は、男性がInstagramなどのSNSで投稿する画像のなかでラーメンに関するものが非常に多いのだそうで、“麺スタグラム”という言葉も生まれているほど。脂っこいラーメンを食べる瞬間と肌のベタつきを解消するという製品のメッセージを掛け合わせただけでなく、リアルな接点からネット上にブランドを自然に拡散させるような仕掛けを生み出したのだ。
「一風堂とのコラボレーションでは、事後調査で購入意向やブランド高感度が大きく向上しており、単なる話題作りだけでなくマーケティング効果もしっかり生みだせた。マス、デジタル、リアルを別々に考えるということはない。顧客の接触するすべてのチャネルに展開し、顧客起点の自然なブランドコミュニケーションをボーダーレスで生み出せればと考えている」(堀氏)
また資生堂は、女性向けコスメティックス分野のデジタルマーケティングでは、数多くの自社ブランドの顧客を「ワタシプラス」というオンライン会員組織で統合管理するなどして、データを活用したパーソナライズを導入してコミュニケーションを生み出している。
こうしたマーケティングのノウハウについて、堀氏は「女性向けでは広告のパーソナライズを強く推進しており効果も生まれている。男性向けのマーケティング展開でも今後実践していきたい。“押し売り”になるのではなく、男性消費者の態度や属性に寄り添ったコミュニケーションを展開することが重要だ」と語っている。生活習慣やスキンケアへの意識が違う男性と女性で、データ活用のアプローチなどに今後どのような違いが生まれるのか、注目したいところだ。
「グローバルのビジネスシーンでは、外見のマネジメントは当たり前のこと。日本人には足りないところだが、そこが“伸びしろ”だと考えている。私たちは、UNOのマーケティングを通じて日本の男性ビジネスパーソンが世界で活躍できるよう後押ししたい」(堀氏)