実は21世紀の素粒子物理を牽引してきた日本

一方のグラショウ博士は開口一番、「私たちは今ILCを必要としている」とし、ILCの必要性を広く日本に伝えたいという自らの意思で、今回の来日を決めたことを強調。「世界の科学の進歩のため、ILCの建設について日本学術会議から前向きな評価が出されることを願い、来日しました」と、日本でのILC建設実現に向けた期待を述べた。

ILCの実現に向けては、世界49の国と地域の沢山の科学者が参加しているほか、さまざまな組織も参加。「例えばICFA(国際将来加速器委員会)は、『さまざまな発見が生まれる可能性が大きい重要不可欠な科学プロジェクト。日本が主導する国際プロジェクトとして、ILCがタイミングよく実現することを奨励する』とコメントしているほか、2018年5月に福岡県で開催されたリニアコライダーの国際学会『ALCW2018(Asian Linear Collider Workshop 2018)』では、全会一致でILCの科学的な重要性を強調し、日本政府に対して、プロジェクトの誘致についての関心を促す『ILC福岡宣言』が採択されました。また、CERNのニュース情報誌の中でも、『いまだに仮説に留まるCEPC(Circular Electron Positron Collider)、建設の用意が出来ているILCとその両方が存在するということは、高度な補完になりうる。ILCはCEPCの100倍の能力を持つ装置。ヒッグス粒子を確認できる確率も100倍』という声明文が記載されるなど、世界中の科学者たちがILCに期待を寄せています」と、そのいずれもが日本に対して大きな期待を寄せているとする。

  • 講演中のグラショウ博士

    講演中のグラショウ博士 (C)Yukio Yanagi

こうしたさまざまな組織・機関からの声明などを踏まえ、グラショウ博士は、「高エネルギー物理学は、『今、ILCを必要としている』ということが言えるでしょう。ILCが建設されれば、今後数十年間にわたり、実験素粒子物理学の中心となる施設となり、それは日本の科学の進歩に繋がっていく。これまで日本はノーベル賞を22人が受賞(物理学、化学、生理学・医学の3賞合計。受賞時外国籍の方も含む)し、21世紀に入って素粒子物理学の分野だけでも5人が受賞しています。私は、この偉大な伝統をぜひ引き継いでいただきたいと思っています。また、ILCを推進することで、日本の技術能力の開発に繋がり、建設することで日本の産業にも利益をもたらします。難題に取り組むことで、さまざまな新しいアイデアが出てくる。そのアイデアがILCから他の分野へ波及し、アイデアと人材への波及効果が生まれます。また、加速器の設計は、ビッグデータの解析においても技術者の養成が進むことへ繋がると考えています」と持論を展開。ILCを活用することで、ヒッグス粒子に似たその他の素粒子が存在するかどうかも分かってくるとし、標準理論を越える超対称性粒子が見つかるかもしれないことに触れ、「これは偉大な発見。大変な快挙となる」と、世紀の大発見につながることを強調した。

なお、グラショウ博士は最後に、「標準理論は間違いなく不完全な理論。まだ多くの問いに答えられていません。核分裂、ミュー粒子、タウレプトンの発見は偶然がもたらしました。そうした偶然と同じように、ILCがその偶然を起こしてくれる可能性は高いと信じています。ILCが適切なタイミングで実現できれば、科学者の使命をより良く果たせるようになります。大きな発見の可能性を持つ装置のため、ILCは短期間のうちに間違いなく世界的な研究機関に発展していくと考えます」とILCが秘めた可能性について言及。それが素粒子分野で世界に貢献してきた日本でできれば、これほどうれしいことはないと締めくくった。

  • ILCの模型

    今回の講演の後日(8月7日)に報道陣向けに開催された会見の場に設置されていたILCの模型 (編集部撮影)