インド宇宙研究機関(ISRO)は2018年7月5日、有人宇宙船の脱出システムの試験を初めて実施した。ISROによると試験は成功し、「有人宇宙飛行の実現のための、重要な技術の実証に成功した」としている。
インドによる有人宇宙飛行は、2007年から具体化し、2016年の実現を目指していたものの、さまざまな事情により遅れている。しかし今回の試験に表れているように、実現に向けてゆっくりと、しかし確実に進んでいる。
パッド・アボート・テスト
今回の試験は、「パッド・アボート・テスト」(Pad Abort Test)と呼ばれるもので、パッドとは発射台を、アボートとは脱出を意味する。その名のとおり、発射台で宇宙船を載せたロケットが爆発を起こしたという想定で、宇宙船と中に乗っている宇宙飛行士を安全に脱出させることを目指した試験である。
ロケットや宇宙船がトラブルなどを起こし、宇宙飛行士が脱出しなければならないシナリオはいくつかある。たとえば天候不良で打ち上げが延期になったり、あるいはロケットの機器に問題が見つかったりといった、急を要しない事態であれば、宇宙飛行士はゆっくり宇宙船から降りることができる。
しかし、ロケットの爆発など緊急事態の際には、とてもそんな悠長にしている暇はないので、飛行士が乗っている宇宙船ごとロケットから引っ剥がし、遠く離れた安全な場所まで脱出させる必要がある。ロケットが飛行中にトラブルを起こした場合も同様である。
そのための脱出装置のことを「ローンチ・エスケープ・システム」(打ち上げ脱出システム)と呼ぶ。
こうした脱出システムは、ロシアの「ソユーズ」や米国の「アポロ」、中国の「神舟」をはじめ、現在スペースXが開発中の「クルー・ドラゴン」やボーイングの「スターライナー」など、古今東西、大半の宇宙船に装備されている。
また、一口に脱出システムといってもいくつかの種類があり、ソユーズやアポロ、神舟などは、宇宙船の先端に固体ロケットをもつタワー型の構造物を装着し、そのロケットを噴射することで、宇宙船をロケットから引き剥がすようにして脱出させる。
一方クルー・ドラゴンやスターライナーは、宇宙船の側面や下部にある液体のロケット・エンジンを噴射することでロケットから離れるようになっている。珍しいところでは、ソ連の「ボストーク」や米国の「ジェミニ」宇宙船は、戦闘機の射出座席のような仕組みをもっていた。
こうした脱出システムが実際に機能したのは過去に一度だけ、1983年の「ソユーズT-10-1」の打ち上げ時の例がある。このとき、打ち上げ直前のロケットから火災が起きたため、脱出システムが機能し、宇宙船だけ発射され、宇宙飛行士の命を救っている。
ちなみに、ソ連の初期の宇宙船「ボスホート」には脱出システムはなく、また米国のスペース・シャトルにもごく限られたものしか搭載されていなかった。1986年にはスペース・シャトル「チャレンジャー」事故が起きたが、シャトルは固体ロケット・ブースターが燃焼している間は脱出する手段がなく、この事故の前では為す術もなかった。そもそもシャトルは、打ち上げ時にはブースター分離後、帰還時も滑走路への着陸の直前にしか脱出の機会はなかった。
ISROのパッド・アボート・テスト
今回、ISROが試験したものは、ロシアのソユーズなどに近い仕組みをしており、宇宙船の先端にタワー型の構造物が、側面に展開式のグリッド・フィン(格子状の安定翼)がある。
ただし違いもあり、ISROの宇宙船にはタワー以外に側面にも固体ロケットが装着されており、タワーと同時に噴射しながら飛んでいくようになっている。これは宇宙船の形状や質量の違い、固体ロケットの性能の違いなどの結果生まれたものであろう。
試験は7月5日10時30分(日本時間)に、ISROのロケット発射場があるスリハリコタで行われた。宇宙船はまずフィンを開き、続いて先端と側面のロケットに点火して発射し、高度約2.7kmまで上昇。上空で脱出システムと宇宙船のクルー・モジュール(人が乗るカプセル部分)を分離し、クルー・モジュールはパラシュートを展開。そして発射場所から約2.9km離れたベンガル湾に着水した。
ISROによると試験は「成功した」としている。ただ、試験の映像を見ると、着水する数秒前にパラシュートが外れ、クルー・モジュールが海に叩きつけられている様子が映っている。着水時の衝撃はかなり大きなものになったはずで、中に人が乗っていたら、おそらく重傷を負っていたであろう。
着水・着陸前にパラシュートを切り離すというのは、通常ならありえないことであり、なんらかのトラブルが起きた可能性が高い。たとえばパラシュートの紐が千切れたとか、付け根から外れたとか、あるいは、着水後に風に流されないようパラシュートを切断する機構が誤作動を起こした可能性などが考えられる。
一方で、仮にトラブルだったとしたら、「成功」と称するのはおかしい。「失敗」、「一部失敗」と言うか、あるいは着水時の映像をカットするだろう。そのことから、万が一パラシュートにトラブルが起きた場合を想定し、わざとパラシュートを分離して海に叩きつけ、クルー・モジュールや内部への影響を試験した可能性もあるかもしれない。
いずれにしても、発射台からの脱出やパラシュート展開までの、試験の大部分が成功したことは間違いない。仮に最後が失敗だったとしても、対策や改修は比較的容易だろう。