網と銛、帆を駆使してデブリを除去する「リムーヴデブリ」

そんな中、2018年4月2日、デブリを除去することを目指した世界初の試験衛星「リムーヴデブリ」(RemoveDEBRIS)が打ち上げられた。

リムーヴデブリは、スペースXの「ドラゴン」補給船の中に搭載されて打ち上げられ、国際宇宙ステーション(ISS)に搬入。そして日本の「きぼう」モジュールのエアロックを通じて、6月20日に宇宙空間へと放出された。

計画を主導しているのは、英国のサリー大学にあるサリー・スペース・センター(Surrey Space Centre)。同大学は小型衛星開発のメッカとして知られ、世界随一の技術と実績をもっており、大学発のサリー・サテライト・テクノロジー(Surrey Satellite Technology)というベンチャー企業も生まれている。計画には、同社はもちろん、フランスの航空・宇宙メーカーのエアバスや、オランダやスイスの企業なども参加。資金はEU(欧州連合)が提供している。

リムーヴデブリは100kgほどの小型衛星で、その中に「デブリサット1」と「デブリサット2」という、超小型衛星(2Uキューブサット)が入っている。リムーヴデブリは、この2機の超小型衛星と協力しつつ、大きく4つの試験をおこなう。

  • リムーヴデブリの想像図

    リムーヴデブリの想像図 (C) RemoveDEBRIS consortium

1つ目は、デブリに近づくための装置の試験。宇宙ステーションと宇宙船のドッキングとは違い、デブリとは通信できず、測距装置も搭載されていないため、ただ近づくことすら難しい。こうした相手のことを"非協力対象"といい、それにどうやって安全に近づくかは、世界的な大きな技術開発のテーマのひとつとなっている。

リムーヴデブリは、まずデブリサット2を放出し、続いて本体側に搭載されたカメラと「3Dライダー」(3D LiDAR)と呼ばれる距離を測る装置を使って、デブリサット1に接近するという流れで試験がおこなわれる。

2つ目は、デブリを捕まえるための「網」の試験である。まずデブリサット1を放出し、風船を膨らませ、大きなデブリを模した標的にする。そして約7m離れた距離より、リムーヴデブリから網を発射。デブリサット1を包み込むようにして取り付く。

あくまで試験であるため、それ以上のことはおこなわれないものの、将来的には、たとえば本体側の衛星で回収してそのまま大気圏に落として処分したり、網にロケットエンジンなどを装着しておき、噴射して処分したりといったことが考えられる。

  • リムーヴデブリから網を発射してデブリに見立てたターゲットを包み込む様子

    リムーヴデブリから網を発射してデブリに見立てたターゲットを包み込む様子 (C) RemoveDEBRIS consortium

3つ目は、デブリを捕まえるための「銛」の試験である。この試験では衛星はターゲットとして使わず、リムーヴデブリの本体から棒を約1.5mほど伸ばし、その先に取り付けた的に向けて銛を発射する。

網と同様に、この銛をどうこうして直接デブリを処分することはないものの、将来的には、銛につけた紐をたぐり寄せて回収したり、エンジンなどで処分したりといったことへの応用が考えられる。

  • リムーヴデブリから伸ばした的に向けて銛を発射する様子

    リムーヴデブリから伸ばした的に向けて銛を発射する様子 (C) RemoveDEBRIS consortium

そして最後が「帆」の試験である。これはリムーヴデブリの本体から4本の棒を伸ばし、そこに薄い膜状の帆を張るというもの。低軌道にはごくわずかながら大気があるため、これにより衛星の大気に対する断面積を大きくし、大気抵抗を増やすことで、すばやく大気圏に落下させてしまおうという狙いがある。

また網や銛とは違い、リムーヴデブリは帆を展開したまま、実際に大気圏に再突入。自分で自分を処分する。ちょっと切ないが、デブリ処分の試験衛星らしい最後といえよう。

現在のところ、まず今年10月に網で捕獲する試験をおこない、12月にデブリの位置を把握・接近する試験を、そして来年(2019年)2月に銛の試験をおこない、その後、帆を展開して運用を終える予定になっている。ちなみに現在はISSとほぼ同じ軌道に乗っているが、試験時には、万が一にもISSに影響を及ぼさないよう、やや高度を下げて実施される。

  • ミッションの最後には、リムーヴデブリの本体から帆を展開し、空気抵抗を増やして大気圏に落とし、処分する

    ミッションの最後には、リムーヴデブリの本体から帆を展開し、空気抵抗を増やして大気圏に落とし、処分する (C) RemoveDEBRIS consortium

ほかにも進むデブリ除去実験、鍵は商業化

リムーヴデブリこそ世界の先駆けとなったが、デブリの除去に向けた研究・開発は米国航空宇宙局(NASA)や欧州宇宙機関(ESA)など、世界中で進んでいる。

とくにESAでは、2023年の打ち上げを目指し、ロボット・アームや網で捕まえる衛星「e.デオービット」(e.Deorbit)の開発を進めている。

日本では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2017年に、宇宙ステーション補給機「こうのとり」を使って、長い紐を展開して電流を流すことでデブリを大気圏に落とす、という実験がおこなわれた。残念ながら紐の展開に失敗したものの、この技術は有望なものと考えられており、今後のさらなる開発や再挑戦が望まれる(ご参考:宇宙ごみを処分せよ! 日本の補給機「こうのとり」6号機が挑む新技術の実験)。

また、日本発のベンチャー企業「アストロスケール」(Astroscale)もデブリ除去衛星の開発をおこなっている。同社はとりもち(ハエ取り紙)のような、粘着剤でデブリをくっつけて捕獲するというユニークな方法を採用しており、近い将来のサービス展開を目指している。

  • ESAが開発中のe.デオービットの想像図

    ESAが開発中のe.デオービットの想像図。ロボット・アームを使ってデブリに取り付き、除去する技術などの実証をおこなうことが計画されている (C) ESA-David Ducros

リムーヴデブリをはじめ、デブリ除去ができる技術や衛星が誕生しつつあることで、そう遠くないうちに宇宙のゴミ掃除は実現するだろう。ただ、最大の課題はどのようなビジネス・モデルを構築するかである。

たとえばロケットの打ち上げビジネスなら、搭載される衛星の会社が対価として打ち上げ費用を支払う。しかしデブリを除去する費用はいったい誰が支払うのか、ルールも前例もない。

デブリとなった衛星をもともと保有していた会社が負担したり、あるいは宇宙開発を実施している国々が負担したりといった形が考えられるが、いずれにしてもなんらかの方法が構築されなければ、デブリ除去はビジネスとして成立できないだろう。

デブリ問題は、かつての地球の環境問題と同じか、あるいは宇宙という、身近ではない場所の出来事であるためそれ以上に理解が難しく、気付いたときには大きく悪化してしまっているかもしれない。前半で触れた、これ以上デブリを出さないようにする国際的な枠組みとともに、デブリ除去の実現に向けたビジネスモデルを、早急に構築することが必要になろう。

参考

RemoveDEBRIS | University of Surrey
ARES: Orbital Debris Program Office
Orbital Debris Quarterly News - May 2018 Volume 22 - Issue 2
RemoveDEBRIS deployed from the International Space Station | SSTL
RemoveDebris - Satellite Missions - eoPortal Directory

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
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