ロケットの再使用で打ち上げの低コスト化を目指す、宇宙企業スペースXのイーロン・マスクCEOは2018年4月15日、ツイッターで「軌道に乗ったロケットの上段を、巨大な風船で回収する」というアイディアを披露した。

実現すれば、ロケットの完全再使用が可能になり、さらなる低コスト化が実現できるかもしれない。

  • スペースXが運用するファルコン9ロケットの第2段機体の想像図

    スペースXが運用するファルコン9ロケットの第2段機体の想像図。人工衛星と同じ軌道に乗るため、そこから地上に帰還するためには宇宙船並みの装備が必要になる (C) SpaceX

第2段機体を回収する難しさ

スペースXはすでに、運用中の「ファルコン9」ロケットの第1段については回収、再使用に成功しており、ロケットが垂直に着陸する映像はいつも話題になる。

また最近では、衛星フェアリングの回収にも挑んでいる。フェアリングにパラフォイル(翼状になって飛行方向を変えられるパラシュート)を装備し、GPS誘導で降りつつ、大きな網を張った船で受け止めるというもので、改良を重ねつつ挑戦が続いているが、まだ成功したことはない。

そして同社はかねてより、第2段の回収、再使用にも興味を示していた。第1段とフェアリングと共に、第2段も回収して再使用ができれば、ロケットの機体すべてを再使用できることになる。そうなれば、同社の掲げる「ロケットの打ち上げコストを従来の100分の1にする」という目標に近づく。

だが、第2段の回収を実現するには、第1段やフェアリングよりもはるかに難しい技術が必要になる。

ロケットの第1段は、高度こそ宇宙空間に近い80kmあたりまで上昇するものの、水平方向の速度はそれほど出ていないため、大気圏への再突入時や降下時に受ける加熱はそれほど大きくない。フェアリングもまた、第1段分離の少し後に分離される上に軽いため、やはりそれほど大きな熱は受けない。

しかし第2段は、搭載している人工衛星を軌道まで送り届ける役割を担っているため、必然的に衛星と同じ軌道に乗る。そこから地球に帰ってくるには、猛スピードで大気圏に再突入し、そのときに受ける空力加熱に耐え、さらにパラシュートや翼などで速度を落として着陸しなければならない。

アポロやソユーズ、スペースシャトルなど、そもそも軌道から帰ってくる必要がある宇宙船には、その熱に耐えるための耐熱シールドや、減速のためのパラシュートなどが装備されている。ロケットの第2段にも同じ装備を積めば回収は可能だが、質量が増え、そのぶん打ち上げ能力が落ちてしまう。そのため、いかに軽くシンプルにするかが重要になる。

スペースXは2011年ごろから第2段を回収することを考えていたが、こうした技術的な難しさから、実際に試みられることはなかった。そんな中、今回マスク氏が明らかにしたのが、風船を使うというアイディアだった。

  • 着陸するファルコン9の第1段機体

    着陸するファルコン9の第1段機体。第2段ではこのようなことはほぼ不可能である (C) SpaceX

「巨大なパーティ用風船でロケットを軌道から回収する」

マスク氏はこの日、「クレイジーに聞こえるかもしれないが……」と前置きした上で、次のように語った。

「巨大なパーティ用の風船を使って、ロケットの上段を軌道速度から回収することを考えている。最終的にはバウンスハウスの上に着陸させる」。

"巨大なパーティ用の風船"というのは、おそらくジョークで、実際には風船のように膨らむ装置のことを指していると考えられる。

宇宙開発の世界では、何十年も前から、宇宙船から機体を覆うようにして風船を膨らませ、大気圏に再突入、降下する、「バリュート」や「柔軟構造大気突入機」と呼ばれる技術が研究されている。

  • バリュートの想像図

    バリュートの想像図(後述するNASAのIRVEのもの) (C) NASA

アニメ『機動戦士Ζガンダム』などでもおなじみのこの技術は、機体から風船を膨らませることで、大気に対する断面積(対気断面積)を大きくし、弾道係数を小さくすることを目的としている。弾道係数とは、物体の質量を断面積と抗力係数で割った値のことで、この値が小さいほど、その物体はゆっくり落下することを意味する。

弾道係数が小さければ、大気密度の薄い高高度での減速が可能になり、再突入時の空力加熱を小さくすることができる。そのため、分厚い耐熱シールドがなくても再突入でき、パラシュートがなくても比較的ゆっくり降下できる。さらにこの風船そのものがクッションになるため、そのまま軟着陸することもできる。

はたしてスペースXが考えているものがバリュートかどうかは不明だが、マスク氏は「これ(巨大なパーティ用風船)により、すべての速度域において、弾道係数を2桁下げることができる」と語っており、風船によって機体の対気断面積を増やすことを目的としているのは間違いないようである。

降下してきたロケット上段が着陸する「バウンスハウス」というのは、お祭りやデパートの屋上などにある、空気で膨らむトランポリン状の遊具のこと。おそらくバリュートだけでは速度を十分に落としきれず、かといってロケットを逆噴射したりパラシュートを積んだりすると、そのぶん重くなってしまうので、地上(あるいは海上)にクッションを用意して受け止める、という意味だろう。

スペースXはすでに、フェアリングを回収するために巨大な網を張った船を運用しているので、その技術を応用するのかもしれない。

  • スペースXのフェアリング回収船

    スペースXのフェアリング回収船。後部にある巨大な網で受け止める。第2段の回収で使われるのはこの応用型になるのかもしれない (C) SpaceX/Elon Musk

バリュートか、それとも?

バリュートはかねてより世界中で研究・開発が行われている。

たとえば欧州宇宙機関(ESA)とロシアは「IRDT」という計画で、2000年から2005年にかけてロケットによる5回の飛行実験を行い、そのうち最初の1回はロケットの上段機体の回収も目指していたが、展開に失敗したり、回収に失敗したり、あるいはロケット側が失敗したりと、すべて失敗という結果に終わっている。

  • ESAとロシアが開発していたバリュート「IRDT」の想像図

    ESAとロシアが開発していたバリュート「IRDT」の想像図 (C) ESA/Lavochkin

  • IRDTでは、ロシアのロケット上段「フレガート」を回収することが考えられていたことがあった

    IRDTでは、ロシアのロケット上段「フレガート」を回収することが考えられていたが、他のIRDTも含め、試験はすべて失敗に終わった (C) ESA/Lavochkin

またNASAでは2010年代から、「IRVE」(Inflatable Re-entry Vehicle Experiment)や「HIAD」(Hypersonic Inflatable Aerodynamic Decelerator)と呼ばれる計画で、実際にロケットに積んで宇宙へ飛ばし、バリュートを展開して回収する試験に成功している。日本の宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究所(JAXA/ISAS)も、2017年に展開型エアロシェル実験超小型衛星(EGG)で、バリュートの試験を行い、展開や再突入の実証を行った

バリュートの研究はまだ十分ではなく、実用化までに必要なハードルもまだ多い。たとえば再突入時の速度が遅いとはいえ、それなりの熱を受けるため、風船の素材には軽くて丈夫な新素材が必要になる。その風船を確実に膨らませる仕組みも必要になるし、風船のような柔らかい構造物が、再突入から着陸までの間にどのように挙動するか、それが機体にどのような影響を与えるかも十分にはわかっていない。

ましてや、ファルコン9のような大型ロケットの第2段機体という大きな物体をバリュートで回収、着陸させようというのは、IRDT以外に行われたことはなく、それも失敗しているため、成功例はない。

はたしてスペースXは、世界初の実用的な、それも大型ロケットの機体を回収できるほどの巨大なバリュートの開発に乗り出しているのか。それとも、まったく別の新しいアイディアを試そうとしているのだろうか。

その詳細も、試験の実施時期も謎に包まれたこの構想の今後に注目したい。

  • 第2段の回収が実現すれば、ロケットの完全再使用が可能になり、さらなる低コスト化が期待できるかもしれない

    第2段の回収が実現すれば、ロケットの完全再使用が可能になり、さらなる低コスト化が期待できるかもしれない (C) SpaceX

参考

Elon Muskさんのツイート: "This is gonna sound crazy, but …"
Re-entry technology demonstrator launched / ESA Permanent Mission in Russia / About Us / ESA mobile
IRDT(http://www.astronautix.com/i/irdt.html) ・NASA - IRVE-3: Inflatable Heat Shield a Splashing Success
Inflatable Reentry and Descent Technology (IRDT) - Further Developments

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info