自動運転車の研究・開発は急速に進んでおり、アメリカ・ピッツバーグの街中では実際に公道を走り回る自動運転車を目にすることができます。しかし、急な工事や事故によって通行できる道幅が狭くなった場合など、一時的に変化した道路上での自動運転車の運用は、非常に難しい課題として残っていました。

このような現状の中、私が所属するカーネギーメロン大学のRTMLグループ (Real-Time and Multimedia Lab) では、自動運転車の無線通信機を使って、自動運転車そのものが交通信号機の役割を果たす「サイバー信号機 (Cyber Traffic Light)」を開発し、実証実験を行っています[1]。

自動運転車で「自動車事故ゼロ」を目指す

アメリカ・ドイツをはじめとして、自動運転車の開発を推し進める各国政府は、一貫して “Safety is the number one priority” (安全が1番優先すべきこと) を方針として掲げています。特にアメリカ運輸省 (US Department of Transportation) は、2016年に「30年後に交通事故死ゼロを実現する」という声明を出し、自動運転技術への予算の拡張を公に約束しました。

  • カーネギーメロン大学が所有・開発している自動運転車

    カーネギーメロン大学が所有・開発している自動運転車。ゼネラルモーターズの市販車。キャデラック SRXにセンサ類・コンピュータを組み込んで、外見からは普通の市販車と見分けがつかないデザインになっています。 (c) 青木俊介

現在はゼネラルモーターズやフォードをはじめとする自動車会社、グーグルなどのIT関連会社、配車サービスのウーバーなど、様々な分野のテック系企業が自動運転車の開発競争にしのぎを削り、公道でのテスト走行も始まっています。

このような状況下で、工事や事故・障害物によって一時的に利用できる道路が狭くなったり、地図情報には記載されていない交差点の周囲での自動運転車の運用は大きな課題として残っていました。自動運転車は高精度な道路地図情報を利用しますが、セキュリティ上・システム運用上の問題から、この地図情報を頻繁に、かつ一つの誤りもなく書き換えることは難しいと考えられているためです。

一時的に出現する「ダイナミックな」交差点

工事や事故に伴って出現した狭い道や地図情報に記載されない交差点は、英語ではまとめてDynamic Intersection (ダイナミックな交差点) と呼んでいます。

  • 工事中などによく見られる、一時的な片側通行止めによる一車線通行は「ダイナミックな交差点」のひとつ

    Dynamic Intersection (ダイナミックな交差点)の例。2台の車が同時に交差点に進入してしまうと衝突してしまいます。通常の交差点と異なり、信号機や標識が無いと想定できます。 (c) 青木俊介

例えば二車線道路 (片側一車線) で片側が一時的に封鎖された場合、人間が運転する車であればアイコンタクトやジェスチャー、お互いの気遣いで一車線の「Dynamic Intersection」を上手に利用することができます。しかしながら、現在開発されている自動運転車にはそのような機能はありません。片側の封鎖が終わると、元通り二車線道路となり、交差点は消滅します。まさにDynamic、動的に出現したり消滅したりする交差点です。

  • 反対車線を横切って店舗・駐車場などに入場するのも「ダイナミックな交差点」に該当します。

    反対車線を横切って店舗・駐車場などに入場するのも「ダイナミックな交差点」に該当します。(c) 青木俊介

また、対向車線を横切る左折を行って店舗や駐車場に入る場合 (日本では右折)、対向車線の車の状況を確認し、混雑状況次第では譲り合うのが運転者のルールです。この場合にも、横切るために必要なスペースを一時的な交差点、「Dynamic Intersection」として見ることができます。現状の自動運転車にはこのような出現したり消滅したりする一時的な交差点に関する明確なルールが設定されていないため、対向車線を横切るような行動は難しい課題として挙げられていました。

車載通信機を用いた「サイバー信号機」

自動運転車は、高精度な道路地図情報を利用し、またLIDARやカメラといった様々な車載センサで周囲の状況を認識しながら走行します。これに加えてV2X Communications (車車間通信/路車間通信) のための無線通信機を搭載することも期待されています。LIDARやカメラが自動運転車の「目」であるとするならば、無線通信機は自動運転車の「口」と「耳」にあたります。つまり、未来の自動運転車は周囲数百メートルにある車と、互いに情報を交換しながら走行することが可能なのです。

今回カーネギーメロン大学が開発した「サイバー信号機 (Cyber Traffic Light)」では、この無線通信機を用いることで、自動運転車自身が交通信号機として機能し、他の自動運転車が安全に「一時的な交差点」を走行することが可能になります。交通信号機となった自動運転車は、交差点の前で待っている時間を計測することで、「サイバー信号機」として発信する無線のメッセージを変化させることができます。

自動運転車のために開発されたシミュレータ AutoSim [3] で、具体的なサイバー信号機の機能について見ていきましょう。

  • 「ダイナミックな」交差点のためのサイバー信号 (c) 青木俊介

片側一車線の道路で、通行できない区間が赤いポールで示されています。この場合、「一時的な交差点」は通行できない区間の隣、二方向から車が進入する区間になります。 通常、通行できない区間と同じレーンを走る車は、対向車線の自動車が途切れるタイミングを待って、対向車線を利用します。対向車線を車が走り続け、途切れるタイミングがない場合、自動運転車は長時間通行できない区間の前で釘づけになってしまいます。 一方で、サイバー信号機が機能すると、無線メッセージを受け取った他車が一時停止をして、「一時的な交差点」を譲ってくれます。あたかもサイバー信号機が赤信号のように機能して、対向車を停止させたのです。

人間が運転する車と自動運転車の協調

自動運転車技術は急速に発展していますが、一方で人間が運転する車との共存は大きな課題です。全ての車が一斉に自動運転車に切り替われば交通システムのデザインも楽ですが、現実的に切り替えには長い期間を要するでしょう。つまり、自動運転車のための交通システムを設計する際には、人間の運転者にも理解可能であるものをつくる必要があるのです。

サイバー信号機ではこの理念のもと、人間の運転者にも直感的に理解可能なルールを採用しています。例えばサイバー信号機では、基本的に「一時的な交差点」を持つ車線を走る車に対して、交差点を優先的に利用して良い権利を与えます。優先権が与えられない車は、車載センサ情報と無線情報によって安全が確保されていると判断できた時に、始めて交差点に進入します。

このような「誰に優先権を与えるか」という問題に直面したとき、従来のコンピュータシステムではよく「First Come, First Served (FCFS; 早い者勝ち)」を採用することがありました。先に到着したものに優先権を与えれば、比較的平等なシステムとなるからです。しかし自動運転車のようなケースでは、安易に「早い者勝ち」のルールを適用すると危険な状況を招く可能性があります。自動車の到着時間だけでなく、速度や混雑状況・自動車の運転性能を考慮する必要があるからです。

信号が道路から消えるかもしれない

サイバー信号機をはじめとして、自動運転に関する技術は日進月歩、様々な技術が生まれています。多様な情報を地図情報に組み入れ、自動運転車のための新しい交通システム・ルールが策定できれば、道路上から交通信号機や道路標識が消え、博物館に過去の遺物として展示される未来もあるのかもしれません。

参考文献

[1] S. Aoki and R. Rajkumar, Dynamic Intersections and Self-Driving Vehicles, ACM/IEEE International Conference on Cyber-Physical Systems (ACM/IEEE ICCPS), 2018.
[2] S. Aoki and R. Rajkumar, A Merging Protocol for Self-Driving Vehicles, ACM/IEEE International Conference on Cyber-Physical Systems (ACM/IEEE ICCPS), 2017.
[3] A. Bhat, S. Aoki and R. Rajkumar, Tools and Methodologies for Autonomous Driving Systems, Proceedings of the IEEE, 2018.

青木俊介

著者プロフィール

青木俊介
カーネギーメロン大学 計算機工学 PhD課程

東京大学情報理工学系研究科にて無線通信・ネットワークを専攻。日本学術振興会 特別研究員、中国・北京のマイクロソフトリサーチ・アジアを経て、2015年夏よりCarnegie Mellon大学 Real-Time and Multimedia Systems Laboratoryに所属。

自動運転車と無線通信を用いた、新たな交通システムの開発・研究に取り組んでいる。またワシントンDC、ピッツバーグをはじめとする北米の複数都市で、自動運転車の実証実験を行っている。

Twitterアカウント: @aoshun7