化学と医学の橋渡し研究に大切なこと

――臨床試験に向けて着実に研究が進んでいる印象を受けます。浦野先生のもともとのご専門は化学ですよね。化学者が医師と組んで臨床に繋げていくような研究は、大学では他になかなかないように思います。化学と医学の橋渡し研究に大切なことはなんでしょうか。

重要なのは、化学者と医師が同じ場所にいるということではないでしょうか。臨床試験に向けて研究が進んでいる膵液漏のプローブのアイディアは、普段の何気ない会話から生まれたものです。肝がんに関する共同研究を行っていた外科医と日常的に話しているうちに、手術中に膵液が漏れ出す膵液漏という状態を確認できるようになったら良いというニーズがあることがわかりました。それならプローブを作れば良い、ということで立ち上がったテーマが膵液漏の研究です。

私は化学者なので、医学的なニーズをきちんと把握しているわけではありません。医師と同じ空間にいて日常的に会話をしていくなかで、お互いのニーズや強みを理解することにより、新しいものが生まれてくるのだと思います。

――現在は薬学部と医学部を兼任されていますが、これも橋渡し研究にとっては良い環境といえるのでしょうか。

医学系の方たちとざっくばらんに話せるチャンスは圧倒的に医学部のほうが多いですね。そこから研究のネタを拾ってプローブを作るということも進めており、今では歯科医や眼科医の共同研究者もいます。イメージングの対象は、がんだけではないはずですから。

――最後に、先生の今後の研究のビジョンを教えてください。

私は薬学部の出身で、薬剤師でもあります。薬屋の視点でみると、診断薬ももちろんですが、やはり治療薬を作りたいという思いがあります。私が酵素に着目している理由は、がんを検出するだけでなく、がんを治すこともできるのではないかと考えているからです。

酵素によって切り出される化合物は、蛍光分子でなくともかまいません。たとえば、光をあてると毒性物質を出す光増感剤を一旦不活性な状態にして、がんの部分でだけ活性化させるように設計することで、光を当ててがんを死滅させる光線力学療法を達成できる可能性があります。また、酵素の働きを利用して抗がん剤活性をコントロールできるような治療薬も考えられます。蛍光でがんを発見し、それと同時に治療ができるようになれば、がんという未だ手強い病気をこれまで以上に制圧できるようになるのではないでしょうか。