VRの市場規模

――話は変わりますが、昨今、産業界のみならず、さまざまな業種でVR活用の事例が公開されています。現在、VR周りの話題で気になることはありますか?

VRの利活用が広がって、IDCなどの調査会社のレポートも出てきていますが、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)そのものの販売数やビジネスでの利用状況などをVR業界と大まかにくくったとき、市場規模が他国に比べて日本は小さいことが気がかりです。

  • IDC Japanが10月19日に行った、AR/VRの市場動向の最新調査説明会で公開されたスライドの一部

    IDC Japanが10月19日に行った、AR/VRの市場動向の最新調査説明会で公開されたスライドの一部。グラフの縦軸に設定されている金額が桁2つ開いている

――市場規模は他国より小さいですね。HMDのシェア自体は、企業利用で見ればあまり他国と変わりません。

ええ、企業利用は他国と変わらず、HTC VIVEやOculus Riftが主体ですね。

ただ、「どんな用途で」「どの産業で」使われているのかは不明瞭で公開情報が少ないため、参考にしにくいのが正直なところです。単に出荷台数調査結果だけでなく、HMDをどんな事業でどう使ってどう効果が出ているのかを公開してほしいですね。

――その他、「ここの情報がほしい」ということは?

業界動向というよりは、HMD自体のスペック表記がばらついていて、PCやスマホやTVのように単純比較しにくいのが問題だと思っています。たとえば視野角を強調しすぎていたり、解像度を両目で合算していたりと、各社とも自社製品の長所を押し出すようなバイアスをかけているため、知りたい指標で公開されておらず、単純比較ができません。

例えばスクリーンドア効果。多くのVRヘッドマウントディスプレイはスマホのパネルと凸レンズで構成されており、パネル解像度1,080 x 1,920/片目1,080x960の映像を凸レンズで視野角100°に広げるので、水平では1度当たり10ピクセルほど。視力1.0の人なら、1度当たり60ピクセルは識別できるので画像はかなり粗くなります。手計算すればすぐに数値は出てきますが、こんな数字さえ表記されていません。

ユーザーもメディアも勉強して目利きにならないといけませんし、メーカー側は真摯に基準を示すべきです。

――スペック表記に関して、メディア側も考えていかなければなりませんね。HMDにはVR向けのものとMR向けのものがあり、榊原さんは後者のMREALを用いています。使い分けはどのようにされているのでしょうか?

MREALの対象領域は、現場の作業者がユーザーで、自身での工場の作業姿勢の検証になります。現場の人向けなので、現実世界を拡張し、現実とバーチャルがリンクし、自分の手がバーチャル上でそのまま表現でき、自分の奥行き知覚を信用でき、歩くことができるMREALが適切でした。

一方、デザインレビューなど専任者が継続的に使うのであれば、高価なHMDを用いるMRを活用する必要はなく、VR用のHMDで事足りるかと考えます。ただし、デザイナー向けなら解像度や色再現はまだまだ足りているとは思いません。

教育や訓練の場合も安価なVRでも足りるかと思っています。逆に高価なMREALでは導入できません。費用対効果で使い分けせざるを得ない状態でもあります。

HMDは単なる映像装置。受け手は、自分の目から得る視覚映像から何かを見て判断し、気づきやひらめきを得ます。ですが、現在のHMDの表示能力で足りているとは言えません。

各メーカーは視野角の拡大を喧伝していますが、視野角を広くするだけでこうした問題は解決するのでしょうか。「没入」するには視野角の広角化は必要かとは思いますが、見るべきところに集中する業務での利用に、必ずしも「広さ」は必要ないです。業務によっては狭くても精細さや奥行き知覚の正確さの方が必要ではないかと思っています。こういった用途別のHMDの進化にも目を向けていただきたいです。現在は万能なHMDはありませんので、HMDの特徴を理解して使い分けが必要と思います。

――VR/MRのメーカーのお話が出ましたが、現状のHMDのラインナップについてはどう感じていらっしゃいますか?

HMD全体で言えば、Oculus程度の価格(2~5万)とMREAL(VRと比べ超高価)の中間が抜けているのが気になります。「Windows Mixed Reality」対応の「イマーシブヘッドセット」がHP、富士通など各社から発売されましたが、これらはBtoC向けの製品と私は思っており、産業用、作業性検討利用としては難しいです。BtoB領域で使える、中間領域の価格帯の製品がもっと充実してほしいところです。

VR/MRが定着するには

――ブームはやや落ち着いたものの、まだ「珍しさ」は残り、渡期にあるVR/MRですが、この技術が定着するには何が必要でしょうか。

やはり、手放せないくらい生活に必要なものになっていかないと厳しいでしょう。現状、そうなるだけのキラーコンテンツは現れていません。スマホくらいの存在にならないと、この先人々の生活に定着するのは難しいと思います。

まずは人々がHMDを使うことに慣れることが必須とも思います。今は「好き者」だけがHMDまわりの産業を囲っている状態に近しいと感じているので、もっと一般の方が触れる機会を作るべきです。もちろん、安全性には気を配った上でですが。

HMDの進化も必要です。MREALのHMDの画質が低い、視野角が狭いという声もあり、性能向上が必要ですが、闇雲に追求すればきりがありません。現実と同等の体験にこだわっていては、いつまでもそれを満たす道具はできてこないでしょう。

漠然と特に問題意識のない人がMRを体験すると、『酔ってしまうからダメ』『あれはできないの? 』『触感が欲しい』と粗探しになります。現実を100点とした減点法の評論が出てきます。万人が満足する100点のHMDはどこにもありません。

逆に、現状で困っている、満足していない、今を50点と感じている人が被り、MRで60点なると感じれば、その人にとっては10点もの加点です。着実なアップデートとタッチポイントを増加させ、最終的には人々の生活に溶け込み、なくてはならない文化のひとつになっていってくれればと願います。