東京海洋大学は、トカラ海峡海域における近慣性内部波と呼ばれる長周期の内部波が、薄いパンケーキのような帯状の流速勾配を100m程度の鉛直スケールで形成し、これが同じく帯状の著しい強乱流層を100m程度の鉛直スケールで数10kmの広範囲にわたって形成していることを捉えたと発表した。

同成果は、同大の長井健容 助教によるもの。詳細は、英国Nature Publishing Groupの科学誌「Scientific Reports」(オンライン版)に掲載された。

近年の研究によって黒潮は、光の届かない亜表層では、周辺の同じ重さの海水よりも栄養塩を比較的多く含み、栄養塩を南方から亜寒帯へ輸送する栄養塩ストリームであることが報告されている。このため、黒潮が流れる海域での混合現象は、海域の水塊を変質するだけでなく、亜表層を流れる栄養塩ストリームの栄養塩を表層へ供給する重要なプロセスであるといえる。この流れは、上流域である、沖縄トラフ・トカラ海峡において、浅瀬や多数の島を流れなければならないため、沖縄トラフやトカラ海峡は近年「混合のホットスポット」として注目を集めている。

同海域における流れの観測結果は、著しく振幅の大きな長周期内部波である近慣性内部波が卓越して伝播し、近慣性内部波がこの海域の混合に寄与する可能性を指摘している。しかしながら、これまで乱流を直接同海域で測定した例はほとんどなく、同研究では、2016年11月12日~20日に鹿児島大学かごしま丸を用いて、トカラ海峡における自由落下曳航式乱流微細構造の鉛直断面観測を実施した。

今回の研究で観測された黒潮上流域沖縄トラフやトカラ海峡での近慣性内部波に関する種々のメカニズム模式図。観測された近慣性内部波は、以下の様なメカニズムで発生しうる。(1)当該海域を流れる黒潮の蛇行による自励的発生。(2)黒潮が海底地形で生成。(3)半日周期潮汐が半日周期の内部波を生成し、それがPSIと呼ばれる三波共鳴現象によって近慣性周期の鉛直高波数の内部波を生成。(4)1日周期の潮汐による内部潮汐が、この緯度帯で近慣性周期の内部波として伝播。また、黒潮の存在によって、存在できる内部波の最長周期が変動し、内部波存在可能緯度も変形する (出所:東京海洋大学Webサイト)

観測の結果、先行研究と同様な振幅の大きな近慣性内部波を観測するとともに、内部波に伴った強乱流層が100m程度の鉛直スケール、数10kmの水平規模の帯状構造を形成していることを詳細に観測し、近慣性内部波が海域で強い乱流混合を恒常的に発生させていることが明らかになった。

トカラ海峡で観測されたA: 帯状構造を形成する近慣性内部波に伴う流速の鉛直勾配 [s-1]、B: 自由落下曳航式乱流微細構造観測装置によって観測した、帯状の強乱流混合層。色は乱流運動エネルギー散逸率 [W/kg] (出所:東京海洋大学Webサイト)

また、この観測で得られた水深100m~300mの乱流に伴う拡散効果を平均したところ、拡散係数で、10-4m2s-1を超える拡散が平均的に発生していることが分かった。これは他の海域の10倍から100倍程度大きな乱流拡散だ。また、この拡散係数は、これまでの研究で塩分の変質の長期データを用いて見積もられた同海域の拡散係数と同程度であることが分かった。また、乱流の強かった100m~300mでは、前述の黒潮栄養塩ストリームが海域を流れている。したがって、同海域で卓越して観測される近慣性内部波は、非常に強い乱流を亜表層で引き起こし、栄養塩を表層へ供給していることが推察できるという。

長井助教は、今回の成果に関して、日本の漁業活動にも多大な影響を及ぼす黒潮上流での混合現象を広範囲にわたって定量し、そのメカニズムの解明に貢献するものであり、黒潮の生態系維持機構・変動機構の解明につながるものとなると説明している。