浮上する弾道ミサイル転用ロケットの商業化案

こうしてよみがえったミノトールCだが、しかしその将来は安泰とはいえない。

ひとつは打ち上げコストと価格の問題である。ミノトールCのコストはおおよそ4000万ドル~5000万ドル(約46億円~57億円)とされるが、これは他国の同性能のロケットと比べるとやや高い。たとえば欧州の「ヴェガ」のコストは約3200万ユーロ(約43億円)とされ、日本の「イプシロン」は最終的に30億円を目指しているとされる。

また、インドの「PSLV」は、ミノトールCやヴェガなどより打ち上げ能力が大きいにもかかわらず、約3000万ドル(約34億円)と圧倒的に安価であるとされ、小型衛星の打ち上げ市場で大きな存在感を示し、多くの実績もつ。

ミノトールCにこの価格差を補えるほどの信頼性があるかといえば、10機中3機が失敗し、それも2機は連続で失敗しているという汚名はなかなか晴れそうにはなく、商業打ち上げ市場では苦戦することになろう。

小型衛星の複数打ち上げで高い実績をもち、価格も安い、インドのPSLVロケット (C) ISRO

もうひとつはミノトールIVなど、弾道ミサイル転用ロケットの存在である。

前述のように、ミノトールIやIV、Vなどの退役した弾道ミサイルを転用したロケットは現在、商業打ち上げに使うことはできないが、オービタルATKからの要望や、米空軍からの支援により、これを解除しようという動きがある。

その背景にはまさに、価格の安いPSLVなどの存在がある。これから小型衛星の需要は大きく伸びると予想されているが、その潜在的な顧客をミノトールCでどれくらい取れるかはわからない。現に、今回ミノトールCの顧客となったプラネットも米国企業だが、これまでインドや欧州、ロシアなどの安価なロケットを使って衛星を打ち上げている。

これは見方を変えれば、本来ならオービタルATKが取れるかもしれなかった受注が、この法律のために他国に流れてしまっているということでもあり、競争力強化のために、弾道ミサイル転用ロケットによる商業打ち上げを認めようというのである。

ではもし、ミノトールIやIV、Vで商業打ち上げができるようになればどうなるのだろうか。

ICBMのミニットマンIIを転用したミノトールIと、ピースキーパーを転用したミノトールIVの図 (C) GAO

たとえばミノトールCとほぼ同性能のミノトールIVの打ち上げコストは約3000万ドル(約34億円)と、ミノトールCよりはるかに安いばかりか、他国の同性能のロケットと太刀打ちできる数字である。もし商業打ち上げが解禁されれば、プラネットのような米国企業はもちろん、他国の小型衛星を米国のロケットで打ち上げる機会も増え、オービタルATKをはじめとする米国の宇宙ビジネスへの恩恵は大きい。また衛星業界からすれば、ロケットの選択肢が増えることで、打ち上げやサービス開始のスケジュールの確実性や柔軟性が向上するというメリットもある。

つまりミノトールIやIV、Vが商業打ち上げに使えるようになれば、高価なミノトールCの出番はなくなる可能性が高くなる。

もちろん、そもそもの規制の理由である、ミサイル転用ではないロケットを開発している企業が不公平になるという懸念は依然として残っている。実際にいくつかの企業が反対しているが、これは彼らのビジネスや市場競争を考えれば当然の反応だろう。

また、ミサイル転用ロケットを商業打ち上げに使う場合は、そのミサイルをオービタルATKに販売する際の価格にいくらか上乗せし、ロケットを丸々新造するのとあまり変わらない価格にして、市場に悪影響を与えないようにするという案もあり、その場合オービタルATKは、あまり恩恵を得られないことになる。

いずれにしても、オービタルATKは当面、商業打ち上げ市場にはミノトールCを売り込んでいくしかないが、その場合にはまず、前述したひとつ目の問題が立ちふさがることになる。

新世代の小型ロケットも商売敵に

そしてミノトールCやミノトールI~IVも含むすべてのミノトール・シリーズ、さらにはオービタルATKそのものの将来を曇らせる問題が、まさにミサイル転用ではないロケットを開発しており、そしてミサイル転用ロケットの商業打ち上げへの許可にも反対している、ベンチャー企業の存在である。

そのうちの1社が、英国ヴァージン・グループに属し、米国に本拠地を置く「ヴァージン・オービット」(Virgin Orbit)である。同社はボーイング747を改造した空中発射母機から小型ロケットを発射する「ローンチャーワン」(LauncherOne)というロケットを開発しており、数年のうちにサービスの開始を目指している。

ローンチャーワンは地球低軌道に約500kg、太陽同期軌道に約300kgの打ち上げ能力をもっている。ミノトールCと比べれば能力は小さいものの、スカイサットのような100kg級の衛星なら3機まとめて打ち上げられるため、十分に商売敵になりうる。コストや価格は明らかにされていないが、従来のロケットよりも安価にできるとしており、すでに衛星インターネットの構築を目指しているワンウェブ(OneWeb)などから打ち上げを受注している。

米国のヴァージン・オービットが開発している小型ロケット「ローンチャーワン」の想像図 (C) Virgin Orbit

もう少し小型の、100kgあたりの打ち上げ能力となれば、競合するロケットはさらに増える。米国だけに限っても、ロケットラボの「エレクトロン」(Electron)、ヴェクター・スペース・システムズの「ヴェクターH」(Vector-H)、ジェネレーション・オービットの「GOローンチャー」(GOLauncher)などがあり、他国の企業や、青写真を描いている段階の企業も含めれば、その数はさらに増える。

こうした新世代のロケットは、どれも旧式の弾道ミサイルと比べ、より安価で性能のよい素材や部品を使っており、製造や運用の設備ややり方も進化しており、弾道ミサイル転用ロケットよりも低コストに打ち上げができる可能性がある。

ミーノータウロスはふたたび倒されるのか

こうした事情から、せっかくよみがえったにもかかわらず、ミノトールCの将来には暗雲が立ち込めている。

これから小型衛星の打ち上げ需要や市場がどうなっていくのか、新世代の小型ロケットのうちどれくらいが"もの"になり、実際に商業打ち上げができるまで成長するか、そして衛星会社がどのようなロケットを好むことになるのかなどは、不確定な部分が多く、将来を予測することは難しい。

あくまでひとつの可能性として、たとえば1トン級の小型衛星の商業打ち上げ市場では、インドや欧州のロケットに対して、ミノトールCで戦うことは価格や実績の面で難しい。弾道ミサイル転用のロケットで商業打ち上げができるようになったとしても、他社から苦情が出るほどの底値に近い価格で利用できるならまだしも、そうでないなら相変わらずコストが高いままとなり、市場にどこまで食い込めるかはわからない。

また、小型・超小型衛星の複数打ち上げでは、これらの相手に加えて、新世代の小型ロケットという相手と戦わなくてはならない。ミノトールCは1回の打ち上げで100kg級の衛星を6機まとめて打ち上げられるので、衛星1機あたりのコストは7億円ほどになるが、新世代の小型ロケットが、100kg級の衛星1機をそれよりも安価に打ち上げられるようになれば、価格面での優位はなくなり、むしろミノトールCなどは、数機まとめて打ち上げなければならないことが足かせになることもあろう。

いまでこそ、ロケット・ベンチャーは珍しくなくなったが、実のところオービタルATKの前身であるオービタル・サイエンシズは、今から約30年も前にその可能性に目をつけ、実行してきた先駆者であり、弾道ミサイル転用ロケットなどでこれまでなんとか生き残ってきた。しかしいまや、そのミサイル転用にこだわるあまり、新しい世代のベンチャーに討たれようとしている。

米軍の衛星などの官需衛星の打ち上げ需要がある以上、商業打ち上げが取れなくても、すぐにミノトール・シリーズが淘汰されることはなく、ミノトールIやIV、V、開発中のVIといった機体は生きながらえることはできるだろう。しかし官需の大型衛星の打ち上げで、スペースXが、老舗のユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の独占を崩した例があるように、決して安泰というわけではない。

ギリシア神話において、怪物ミーノータウロスは迷宮に閉じ込められた末、英雄テーセウスに討たれ、倒されることになる。ミノトール・ロケットも、この物語を繰り返すことになるのだろうか?

ミノトールCロケットの打ち上げ (C) Orbital ATK

参考

News Room - Orbital ATK Successfully Launches Minotaur C Rocket Carrying 10 Spacecraft to Orbit for Planet
Planet Doubles Sub-1 Meter Imaging Capacity With Successful Launch Of 6 SkySats
Minotaur C Fact Sheet
Familiar rocket with new name returns to flight Tuesday - Spaceflight Now
U.S. GAO - Surplus Missile Motors: Sale Price Drives Potential Effects on DOD and Commercial Launch Providers

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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