東京大学(東大)は、ヒトiPS細胞から作製した運動神経を、独自に開発した親指ほどのマイクロデバイス内で培養することにより、運動神経の神経線維に構造が似た束状の組織を人工的に作り出すことに成功したと発表した。

束状の神経組織の作製方法 (出所:東京大学Webサイト)

同成果は、東京大学生産技術研究所の池内与志穂 講師と藤井輝夫 教授によるもの。詳細は米国の学術誌「Stem Cell Reports」に掲載された。

人の体内では、さまざまな種類の神経細胞が協調して働き、身体を正常に制御している。体を動かす時には、大脳から発せられた指令は脊髄の運動神経に伝えられ、筋肉に送られる。脊髄と筋肉の間は多数の運動神経の軸索によってつながっており、軸索がバラバラではなく束状に集まって組織として存在している。体内の束状神経組織を解析する手法が乏しいため、その発生過程や性質などの理解が進んでおらず、束状組織を試験管内で構築する手法が求められていた。

今回の研究では、ヒトiPS細胞を運動神経に分化させ、約1万個の神経からなる球状の組織を作製したほか、独自に開発したマイクロデバイスを用いてこれを培養した。マイクロデバイスはシリコンゴムでできており、球状組織を受け入れる部屋に、幅150μm長さ7mmの微小な通路がつながっている。球状に集まった運動神経それぞれが多数の軸索を伸ばすが、他に行き場がないためどの軸索も通路内へ伸びていくことが確認されたほか、並走する軸索同士が自発的に接着し、束状の組織が作製された。

マイクロデバイスから神経の束状組織を取り出し、免疫染色やタンパク質の解析を実施したところ、束部分は軸索のみでできていること、ならびに、生体内の運動神経と同じような性質を示すことが判明。さらに、軸索の束をピンセットで引っ張ったところ、ゴムのように伸び縮みすることが示され、この結果から、効率よく運動神経の束状組織を作り出すことができることが示されたと研究グループでは説明している。

さらに、研究グループでは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などの運動神経変性疾患は、酸化ストレスなどによって運動神経が激しく損傷をすることで発症すると考えられていることから、運動神経の束状組織の損傷程度評価を目的に、作製された組織が使えるかどうかの検討を実施した。過酸化水素水による酸化ストレスを与えたところ、作製された組織は損傷し、劣化することが分かったほか、既存の画像解析プログラムを用いることでその劣化を簡便に定量化できることも確認したとしている。

なお、今回の成果を受けて研究グループは、同技術を応用することによって今後、運動神経を蝕む疾患の発症機構の解明や、治療薬の探索が促進されると期待できるとしている。