東京大学(東大)は、鉄系超伝導体セレン化鉄において、化学的加圧と物理的加圧を複合的に用いることで、新しい高温超伝導相を発見したと発表した。

同成果は、同大 大学院新領域創成科学研究科の松浦康平氏、水上雄太 助教、芝内孝禎 教授のグループ、東京大学物性研究所の上床美也 教授、量子科学技術研究開発機構(QST)の綿貫徹 次長、町田晃彦 上席研究員のグループ、日本原子力研究開発機構(JAEA)の福田竜生 研究副主幹、京都大学理学研究科の松田祐司 教授のグループ、東京大学物性研究所の廣井善二 教授、矢島健 助教のグループ、香港大学、中国科学院の研究者らによるもの。詳細は、英国科学誌「Nature Communications」に掲載された。

電子間の相互作用が大きくはたらく物質群である強相関電子系の超伝導の研究が銅酸化物高温超電導体の発見を契機に、活発に行われてきた。強相関電子系の超伝導は、発現のメカニズムが従来の超伝導とは異なると考えられており、これを理解することは、新たな高温超電導物質の設計指針につながると期待されている。

これまでの研究で、強相関電子系の超伝導は元素置換や加圧により、ある種の磁性が消失した先に発現することが知られている。このことから、磁性と超伝導の間には密接な関係があると考えられていた。

しかし、近年発見された鉄系高温超伝導体では磁性に加えて、電子液晶状態という電子集団が一軸的な配向性をもった秩序状態も関係するという議論がなされてきた。しかし、両者は非常に近い条件で発現するため、この検証は困難であった。

今回、同課題に取り組むため、研究グループは、セレン化鉄の元素置換と物理的加圧により物性の変化に注目した。セレン化鉄は鉄系超伝導体のなかで唯一、常圧で磁性が無い電子液晶状態を発現し、低温で超伝導を実現する。セレンを硫黄で置換し、化学的圧力を加えると、この状態は抑制することが報告されている。その一方、物理的加圧によっても電子液晶状態は抑制されるが、それと同時に磁性が発現し、さらに超電導状態になる温度が非単調に上昇し、6GPa程度で40K程度で超伝導になることが報告されている。この物性の変化の違いから、これら2つの制御を複合的に用いることで、電子液晶状態と磁性と超伝導との間の関係を独立に調査できると考え、研究が進められた。

縦軸を温度、横軸を圧力や元素の置換量にとったときに一般的に鉄系超伝導体で実現する状態をマッピングした図(電子状態相図)。電子液晶状態と磁性がほぼ同じ領域で発現するため、どちらが超伝導に寄与しているか明らかにするのは困難であった(左)。右は今回の研究の動機となったセレン化鉄の硫黄置換した時の状態の変化と加圧したときの状態の変化 (出所:日本原子力研究開発機構Webサイト)

まず研究グループは、セレンを硫黄で置換した試料を用いて、高圧条件下の電気抵抗を測定。結晶構造の変化や磁性の発現は電気抵抗のふるまいに変化を生じさせ、変化を追跡することで、秩序が形成される温度や超電導になる温度を調査した。その結果、置換する前は一部重なっていた電子液晶相と磁性相が、硫黄の置換量を増やすことで分離する振る舞いが見られた。さらに、同領域で新しい高温超伝導が観測されたほか、硫黄の置換量を増やすことで、電子液晶状態は完全に消失し、磁性相も縮小することが判明した。また、この変化に伴って、高温超伝導が発現する領域がドーム状になっていくことも明らかになった。

次に、この分離を検証するため、結晶構造の観点からもアプローチをしたところ、高温超伝導が発現している領域では結晶構造に変化が見られないことが明らかとなった。さらに、化学的加圧と物理的加圧で、このような物性の制御が可能であるのは、両者が結晶構造に与える影響、特に、結晶内の鉄原子で構成される平面からのセレンの位置の遠さに与える影響が大きく異なることが関係していることを突き止めたという。

同研究で明らかとなった鉄系超伝導体鉄セレンの硫黄置換と物理的加圧による状態の変化を示す図。セレン化鉄では一部重なっていた電子液晶状態とドーム状の磁性が硫黄置換を施すことで分離していることがわかる。高温超伝導が磁性の近傍で発現していることもわかる (出所:日本原子力研究開発機構Webサイト)

物理的圧力(黒)と化学的圧力(赤)による結晶構造の変化とその概念図。図にあるように、鉄原子が構成する平面からの距離の変化が物理圧力と化学圧力で大きく異なることがわかる (出所:日本原子力研究開発機構Webサイト)

同成果に関して研究グループは、「セレン化鉄における高温超伝導は電子液晶状態ではなく、磁性と密接に関係があることが明らかとなった。これは、鉄系超伝導体の高温超電導発現のメカニズムを理解する上で重要な情報となる」と説明している。