EBMの導入とデータベースの高度化、そしてそれを活用するデータマーケティング人材によって、チームの発足から約10年で高度なデータマーケティングを実現することに成功したみずほ銀行だが、現在はどのような戦略でマーケティングを行っているのだろうか。

吉澤氏は、顧客の期待が多様化する中で、その期待に応えるためには更に進化したデータ活用が必要だとした上で、社内外のビッグデータを活用したデータマーケティングの高度化により、顧客プロファイリングの高度化と顧客リレーションの強化を進めているのだという。

「お客さまのニーズは目に見えるものだけではわからなくなってきている。お客さまインサイト(意識)の変化をも理解し、コミュニケーションをとることが大切」(吉澤氏)

顧客プロファイリングの高度化については、決済やクレジットカード利用といった購買行動のイベントをEBMの根拠としてきた従来の取り組みから進化させ、イベントの発生の前兆となるアクションの把握や行動履歴から顧客の行動様式を理解して顧客のプロファイリングに活用しているという。そして、顧客にまつわる様々なデータを分析することで、顧客のプロファイル、取引意向、日常行動パターン、価値観、購入ポテンシャル、金融行動パターンなどを全方位的に評価する「みずほDNA」という顧客理解モデルを導入した。この「みずほDNA」には1000項目ほどの指標があり、それぞれについて仮説を立てながら顧客理解の取り組みを進めているという。

「みずほDNAから金融行動パターンを導き出し、お客さまの価値観や日常生活に迫っていくかというテーマに取り組んでいる」(吉澤氏)

こうした顧客のプロファイリングを基に、どのように顧客のインサイトを理解するのか。吉澤氏は蓄積されたデータを基に「銀行との接触度」「金融商品との接触度「消費パターン」「金融商品に対するリスク許容度」などのクラスタリング(顧客の分類)を行い、顧客インサイトに迫っているという。吉澤氏は、「金融の場合、客観的・絶対的数値や情報は銀行の都合による評価になってしまうことが多い」とした上で、それを顧客の感覚や感情を推定しやすい指標や個人のリソース・キャパシティとの比較指標、個人の経験との比較指標、類似する属性集団との比較指標といったものに置き換えることが重要だと示した。

長期的に顧客との関係を築く中において顧客はライフイベントの発生などに合わせて変化していくものだ。吉澤氏はこうした意識変化による行動変化を“旅の始まり”と表現し、クラスタの移動=顧客行動の変化の先にあるものを捉えることで顧客のインサイトを深く理解するという方向にトライアルしている。

クラスタの変化から行動変化、意識変化を捉える

EBMからBBMへ 顧客リレーションのこれから

こうした顧客プロファイリングの高度化によって得られた顧客理解を、どのように顧客リレーションの強化に繋げていくのか。これまで実践してきたEBMについて、「確かにEBMは成果を挙げていたが、当時PDCAを回して精緻化するほど限界を感じていた。精緻化し過ぎると、そこで漏れていく顧客に対する機会損失を招いてしまい、結果的にビジネス規模を小さくしてしまうのではないか」と吉澤氏は語り、高度化した顧客プロファイリングを活用することで、EBMから顧客の行動に基づいたマーケティングのアプローチである「行動ベースマーケティング(Behavior Based Marketing:BBM)」に拡大している。

BBMは、EBMが顧客の属性に基づいてセグメントしていたのに対して日常行動のインサイトをベースにマイクロセグメントを行い、ある時点での顧客情報を静的に見るのではなく顧客インサイトの変化を動的に分析。そして、イベントの発生をトリガーにするのではなくイベントの発生前に顧客行動を予測分析し、これらの過程をすべてデータドリブンでアプローチする。

「EBMの取り組みは残しつつ、それより前の段階でお客さまインサイトの変化を捉えてアプローチするBBMを組み合わせてお客さまとのリレーションを強化している。そのためにも、お客さまの日常や変化を捉えるデータマーケティングが重要だ」(吉澤氏)

EBMとBBMを組み合わせた顧客リレーションの強化

EBMからBBMへの転換は、顧客の今の行動を捉えるのではなく、顧客の将来を予測してアプローチするという考え方に基づく。

「お客さまの変化の先に何が待っているのかを予測することができれば、いまお客さまに何を伝えるべきか、お客さまはいま何に悩んでいるのか、何に不安を感じているのかを予測することができる。これこそが、お客さまに寄り添っていくコミュニケーションなのではないか」(吉澤氏)

では、こうしたデータマーケティングをどのようなテクノロジーで支えているだろうか。吉澤氏は顧客のCRM管理の統合管理を行って、BBMによるターゲット顧客の拡大、レコメンドの精度と頻度の向上、機械学習による高速PDCAの実現のために、プライベートDMPを構築していると説明。このプライベートDMPでは、EBM/BBMによるターゲティング、レコメンドする商品の自動選定、みずほDNAによる評価に応じた成約確度の算出、収益期待値に応じた商品や接触チャネルの選定、レコメンドする間隔の制御などを行っているのだという。

講演の最後に吉澤氏は、これまでのマーケティング組織の変革についてまとめ、次のように語った。

「私たちはなぜ新しいマーケティング組織を作ってユーティリティ組織へと成長することができたのか。重要なのは、顧客へのマーケティングとともに、社内のマーケティングも必要だということ。例えばEBMの導入にあたって他の部署を巻き込もうと思っても、なかなかすぐには味方になってくれない。その中で、私たちは小さな成功事例を積み重ねながら社内の理解を得ていったり、社内の業務効率の改善に貢献したりすることで、私たちのチームへの信頼を高めていった。成功体験は次の成功を生む。そうすることで情報が集まるようになり、新しい課題が見つかり、組織の力が上がっていく。私たちは『みずほDNA』や『BBM』といった造語を多用しているが、これも社内に向けたマーケティングの一環として意図的に作ってきた。そうして努力を積み重ねながら、独立した部署として活動できるところまで成長することができたのが、私たちの10年の歩みだ」(吉澤氏)