イノベーター部門 (I部門)

イノベーター部門は今回で4年目となる。規約に定められた問題を定義し適切な解法を導くデベロッパー部門に対し、この部門は問題設定と問題に対するアプローチの有効性や新規性が求められる。ETロボコンと銘打った大会の中で、「世の中の課題に対し、組み込み技術を生かしたソリューションを提示し実現可能性を示す」部門ともいえる。

この部門は「15年後にビジネスを作り出せるスキル」、つまり自ら価値を創造できる人財の育成を目的としており、競技者のイノベーターとしての素養、アイデア、デザイン、設計、実装、プレゼンテーション、それぞれの能力を審査する。毎年多少の差異はあるが、審査は、企画内容とわかりやすさおよび実現方法について記述された企画書に対する事前の企画審査と、当日のパフォーマンスの良さをみる競技審査の2つ行われ、その総合得点で競われる。今大会では、企画審査は実行委員会審査委員による200点、競技審査は実行委員会審査員による審査100点と特別・一般審査員による審査100点で構成された。

イノベーター部門の審査方式

企画審査は、テーマを実現するための企画意図や企画内容に対する「有効性」「新規性」「将来性」を審査するカテゴリと、企画を実現するためのシステムやソフトウェアの「アーキテクチャ」や「技術要素」を審査するカテゴリ、企画書のわかりやすさ、つまり「理解性」を審査するカテゴリからなる。ある意味、企画書としての「筋の良さ」を審査することに力点を置いている。

一方、競技審査は、企画書審査では見えてこない、他にはないユニークさやサプライズを審査するカテゴリといえる。プレゼンを聞いた人、パフォーマンスを見た人にどれだけ"すごい!"と思わせたかがポイントとなり、「何をもってすごいと思わせるか」は、参加者の狙いと各審査員の感性に委ねられる。

イノベーター部門の審査内容

回、地区大会から選抜された2チーム「お助け老人ホーム」(京都情報大学院大学:関西地区)と「ごばりきモーターズ」(日立製作所 ICT事業統括本部:南関東地区」は、事前審査である企画審査でともに問題設定(テーマ)の良さが評価された。

「お助け老人ホーム」のテーマは「人不足でも老人ホームの夜間見回りを出来るようにしたい」だ。老人ホームでは深夜~早朝にかけて人手が少なく、老人の徘徊やトイレ移動などによる事故予防のための見回りが難しい。そこで介護用ロボットの一形態として巡回型ロボットのコンセプトを提示している。

「ごばりきモーターズ」のテーマは「宅配便の受取りの面倒さをなくしたい」。昨今、消費者がネットショッピングで購入する機会が増えたことをデータで示しながら、宅配便の受渡しと受取りのタイミングが必ずしも一致するとは限らない「ラストマイル」に目を付けた。確かに再配達は面倒だし、さらには家族に秘密で受け取りたい、子供へのプレゼントを前もって受け取りたい、といったニーズは間違いなくある。そこで無人での受取、消費者を介さない受渡ロボット/受取ロボットのコンセプトを提示している。

どちらもテーマとして「今まさに困っていること」を取り上げ、審査員のテーマに対する納得度が高かったがソリューションとしての有効性は今一歩という評価もあった。ポイントとして「より有効な代替手段が既に存在する」「悪意ある第三者の介入に対する予防策の詰めの甘さ」が指摘された。しかしながら、先に述べたように「問題を捉える視点」は、やはりチャンピオンシップ大会に相応しいチームといえる。

「お助け老人ホーム」のプレゼンテーションは、廊下に老人が倒れていることを想定したデモンストレーションや、仮にロボットを壊された場合などリアルにシーンを想像できる内容から構成された。

お助け老人ホーム パフォーマンスの様子

対する「ごばりきモーターズ」は、ドローンを利用した受渡ロボットなど大掛かりなセットを用意した。会場規定と安全対策から競技スペースにネットを張り巡らせることで、ドローン活用のパフォーマンスが実現した。受渡ロボットが受取ロボットへ荷物を渡し、無事家の中へ荷物が運ばれる様子が審査員を始めとする会場の観客にアピールされた。

ごばりきモーターズ パフォーマンスの様子

総合優勝は、想像力を膨らませるパフォーマンスを披露してくれた「ごばりきモーターズ」となった。今後、ビジネスの上でも素晴らしいアイデアで世の中を「あっ」と言わせてくれることに期待したい。

ガレージに集まり産み出す人の育成へ

さて、大会の熱気とは別にイノベーター部門は年々参加チーム数が減ってきている。参加へ二の足を踏む理由として「(自分たちで)問題設定を行うのが難しいのではないか」「大掛かりな仕掛けが必要ではないか」といった心理的障害が小さくないと推測される。今回チャンピオンシップ大会へ進出した2チームはこれを見事にクリアしてくれたが、各地区大会でみると対応が難しいところがあると思われる。イノベーター部門で標榜した目指す方向はぶれていないが、そこに至るまでのアプローチは実行委員会としても問題意識が大きく、「これが正解!」と言い切るところまで至っていないのが現状だ。また、評価の面からの悩みとして「企画提案としての素晴らしさをみるのか」「役に立たなくてもワクワクさせる期待をみるのか」の対立がある。

上記課題の反省から実行委員会では「どういう人を育成したいのか」を問い直した結果、「モノ、サービスを産み出す・創り出せる人の育成の場」をより強く意識し、「ガレージに集まりあれこれ考えながら試行錯誤で日々創りあげていく」環境をイメージした内容となる方向とした。自動車メーカー、電機メーカー、スマホやパソコンもガレージからスタートした。ETロボコンがそうしたスタート地点となるようETロボコン2017では新たな展開を考えている。ご期待を。

著者紹介

・運営委員長:小林 靖英 アフレル
第1回から運営委員長を務めて15年。マインドストームを活用したエンジニア研修を事業化。2006年アフレル設立、社内にロボコン部がある。メカ好きエレキ小僧ではあるがソフトウェアが専門。世界中の小中高校生ロボコンWROの国際委員も務める。
・審査委員:土樋 祐希 富士ゼロックス
1997年入社。複合機開発のモデル駆動開発導入に携わる。2010年より社内でETロボコン参加活動を立ち上げ、2015年から本部審査員に参加。モデル駆動開発のユーザー会「xtUML.jp」の代表メンバーとしても活動中。
・審査委員:久保秋 真 チェンジビジョン
1963生まれ。1998年北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科博士前期課程修了。デジタル複合機等の開発、Mindstormsによる研修教材の開発・講師などに従事。オブジェクト指向技術、モデル駆動開発に興味を持つ。

・審査委員:幸加木 哲治 リコー
大学院時代にETロボコンの前身、UMLロボコン競技部門で優勝。その後、本部モデル審査員として参画。リコーにて、xtUMLの前身であるシュレイアー・メラー法を実践、ならびにソフト系新人教育、プロセス改善に従事し、現在は複合機を中心とする商品企画を行う。