6月24日には、世界累計販売本数が100万本を突破した『Splatoon』

任天堂が5月28日に発売した『Wii U』向けゲームソフト『Splatoon』が大ヒットを記録している。発売直後からネット上では『Splatoon』旋風が巻き起こり、ブログやSNSにはポジティブなレビューが溢れかえった。6月24日には、世界累計販売本数が100万本を突破したことが明らかになり、販売面も好調に推移している。

スマートフォンの台頭で伸び悩む国内コンシューマ市場、さらにライバルにやや後れを取っている『Wii U』において、新規IPがこれほどヒットするのは異例ともいえる。北米市場で圧倒的な影響力を誇っている、海外メディアのレビューをまとめたサイト「Metacritic」では81点を記録するなど、海外での評価も上々。『Splatoon』はなぜこれほどの人気を得ているのだろうか。ヒットの理由には、大きく分けて2つの要因が考えられる。

『Splatoon』は、主人公の「イカ(正式名称:インクリング)」を操作し、インクを撃って地面を塗りつぶしていくアクションシューティングゲーム。いわゆる「銃」(または銃をモチーフにした武器)で撃ち合う「TPS(サード・パーソン・シューティング/シューター)」と呼ばれるジャンルにカテゴライズされる。"上級者ゲーマー向け"という印象が強い「TPS」だが、『Splatoon』はその敷居を下げ、さまざまなメディアやブログでゲーム性と魅力について分析されている。これは後述するとして、まずはもう一つの要因――二次創作とネットでの盛り上がりについて考えてみたい。

盛り上がる二次創作とネットでの広がり

『Wii U』に内蔵されているネットワークサービス「Miiverse(ミーバース)」では、毎日のようにユーザーが描いた様々なイカ達のイラストが投稿され、イラスト投稿SNS「pixiv」でも『Splatoon』人気は発売日直後から急上昇。一日のイラスト閲覧数は、多い日で40万回を突破するほどの人気ぶり。その余波はTwitterなどにも波及している。「Miiverse」で他のプレイヤーが描いたイラストは、ゲーム内の広場やコメント欄などにも表示されるが、一息つくためにそれらを眺めていると、すぐにゲーム内に戻りたくなるほどの力作が揃っている。

『Splatoon』のキャラクターデザインについては、直接的に「萌え」を狙ったデザインには見えないが、だからこそファンが自分なりの解釈でデザインし直せる余地があるのかもしれない。それはゲーム内でも同様で、イカ達の服装や靴(これらはギアと呼ばれる)はカスタマイズできるため、自分だけのこだわりを見せびらかしたくなる。適度にゆるく、細かい説明がゲーム中になされない世界観も想像力をかき立てられる。グラフィカルな世界観、ビビットなカラー、イカ達のイカしたストリートファッション――限定された箱庭の中での自由。この世界観は、過去のゲームにもなかったことはないが、ここまで二次創作の波を目の当たりにすると、やはり新鮮に映る。

プレーンなオリジナルをもとに、ファンが自分なりの解釈でキャラクターを作り上げていく現象は、ヒットコンテンツの多くにしばしば見られるものだ。例えば、2007年に登場した「初音ミク」も、一枚のイラストと簡単な設定しかない状態だったからこそ、ファンが自由に二次創作を生み出して盛り上がった。音楽を作るのとは別にイラストで創作を楽しめる「初音ミク」と、単にゲームを楽しむのとは別にイラストでも楽しめる『Splatoon』。ジャンルも盛り上がりの規模も異なるが、両者ともコンテンツの楽しみ方が多様化したネット時代ならではのヒットの形といえる。

ネットでの広がりという点では、Youtubeやニコニコ動画に投稿されているゲーム実況動画も重要な要素だろう。投稿数は日に日に増加している。また、ゲーム中でさまざまな情報をプレイヤーにお知らせしてくれる女性(イカ)二人組のアイドルユニット「シオカラーズ」、そして彼女たちが歌う「シオカラ節」がニコニコ動画やYouTubeで話題となり、音源化を求める声も後を絶たない。さまざまなネットサービスを巻き込んだ展開は、現在のところ、うまくいっているように見える。

「倒す」よりも「塗る」を重視したゲーム性

そしてゲーム性については、さまざまなメディア、ブログで考察されているが、やはり「塗る」という行為、これにつきるだろう。

これまでのTPSの多くは、どちらかといえばゲーム上級者向けという印象が強いジャンルだった。TPSは戦争やSFがテーマになることが多く、銃で撃ち合い、「相手を多く倒すこと」が主目的となる。そのため、エイム(照準合わせ)のうまさに差があると、上級者が初心者を一方的に蹂躙していくという光景が日常的になってしまう。また、人間同士のオンラインプレイがメインになるため、「チームメンバーに迷惑をかけたくない」などの理由で、下手なプレイヤーが萎縮してしまう面もある。これでは初心者が最初から面白さを味わうことは難しい。

一方、『Splatoon』の勝利条件は「相手チームよりもたくさん地面を塗りつぶす」ことであり、「相手をより多く倒すこと」ではない。いくら相手を倒しても、最終的に塗った面積が少なければ負けてしまう。

もっとも、「塗る」よりも優先度が下がるだけで、倒すという行動自体は決して無駄ではない。その意味で、従来からの「TPS」の醍醐味も失ってはいない。事実、『Splatoon』は多くのTPSユーザーにも好評だ。TPSとしての面白さを保ちながら、初心者にも入りやすいゲームにする――そんな難題を、『Splatoon』は「塗る」という行為一つでひっくり返した。ゲーム内のすべての行動は、この「塗る」に繋がるように作られている。

「塗る」という行為自体もとても楽しいものに仕上がっている。その理由は、感触――手応えといってもいい。インクの粘る質感や、滴る音、インクを塗った地面に潜る動作などがいちいち気持ちよくて、塗れば塗るほど爽快感や達成感を得ることができる。これが中毒性を生み、もっともっと塗りたくなる。バトル後に手に入るポイントも、「塗る」行為にもっとも高いインセンティブが設定されているため、塗る行為へのモチベーションがわく。これがもし「倒す」ことで多くポイントを稼げるシステムになっていたら、結局は初心者蹂躙ゲームになっていただろう。

「"倒す"ことはゲームの目的ではないですよ、あくまで"塗る"ための一つの戦略として"倒す"行為があるのですよ」というゲームデザインがなされているわけだ。

このコンセプトに行き着いたのは、『Splatoon』が「任天堂がTPSを作ったら」という発想でスタートしたものではないからだろう。任天堂の各ホームページで展開している、さまざまなプロジェクトの経緯や背景を社長自らが開発スタッフに訊くインタビュー企画「社長が訊く」にも書かれている通り、最初に「インクを塗って陣地を取り合う」という発想があり、そこに肉付けした結果、ジャンルとしてはTPSに近いものになっただけのことだ。ジャンルやキャラクターありきで開発しないことは、任天堂の情報開発部におけるものづくりの特徴でもあるという。「社長が訊く」で岩田聡社長は次のように語っている。

「情報開発本部のものづくり、つまり宮本(茂)さんのものづくりというのは、デザインからではなく、機能から派生して、そのあとにデザインに行き着くじゃないですか」「だから、必ずしも、『このキャラクターを出したいからゲームをつくっている』ということではないんですよね」

既存の人気シリーズやキャラクターを多く抱えていると、どうしてもそれらを活かした手堅い作品に向かいがちだが、それ一辺倒にならないのは任天堂ならではと言えるだろう。もっとも、『Splatoon』はスタートを切ったばかり。現在の盛り上がりがどこまで続くのかは未知数であり、オンライン上の一大イベント「フェス」の効果的な運用、新マッチのルール設定など課題もないわけではない(フェス限定で20対20などをやったら面白そうだ)。ただ、多くのユーザーの心を焚き付け、魅了し、現在のゲーム業界に『Splatoon』旋風が巻き起こっているのは間違いない。果たして、『Wii U』の販売をけん引するキラーソフトになりうるのだろうか。『Splatoon』は世界を塗り替えることができるのだろうか。大きな注目が集まっている。

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