「あけぼの」とヴァン・アレン帯

「あけぼの」はまた、ヴァン・アレン帯の観測でも大きな成果を挙げた。

ヴァン・アレン帯というのは、地球を取り巻いている放射線帯のことで、内帯と外帯の2つのベルトから構成されている。この放射線帯は1958年に打ち上げられた米国初の人工衛星「エクスプローラー1」によって存在が発見され、その観測機器を開発したジェイムズ・ヴァン・アレン教授の名前を取って、ヴァン・アレン帯と命名された。

この発見をめぐってはこんなエピソードがある。ヴァン・アレン教授らがもともとエクスプローラー1で観測しようとしたのは、宇宙からやってくる放射線の量だった。放射線の量を測る装置は「ガイガー・カウンター」といい、数値でその量が示される。エクスプローラー1の打ち上げ後、衛星の高度が上がるにつれて、ガイガー・カウンターの数値、つまり放射線量は徐々に上がっていった。ところが、あるところを境に「0」を示すようになってしまった。ヴァン・アレン教授らはガイガー・カウンターが壊れたのだと考えたが、別の衛星による観測でもやはり「0」を示すようになってしまった。

当初は高エネルギー粒子の数が本当にゼロになってしまったのではとも考えられたそうだが、ヴァン・アレン教授らの研究グループにいた、とある大学院生が、もしかするとあまりに数が多いため、機器が正常にカウントできなくなって0を示したのではないかと思い付き、より多くの粒子を計測できるように改良した機器を打ち上げた。その結果、読みは正しく、地球の周囲に高エネルギーの粒子が大量に集まっている領域、つまり放射線帯が見つかった。それがこんにち知られているヴァン・アレン帯だったのだ。

ジェイムズ・ヴァン・アレン教授 (C)NASA

エクスプローラー1の関係者たち。左から、衛星全体を担当したウィリアム・ピカリング、衛星の観測機器担当のヴァン・アレン、ロケット担当のフォン・ブラウン (C)NASA

「あけぼの」が造られた当時は、ヴァン・アレン帯を観測することは目的とされてはいなかったが、前述のように「あけぼの」はちょうど地球を斜めに回り、上からと下からの両方から観測できるような軌道に乗ったことから、副次的にヴァン・アレン帯の内帯と外帯を、「輪切り」するようにして、そして長期間にわたって観測することができた。

実は、「あけぼの」が26年間もヴァン・アレン帯の中を通過し続けたこと自体が、一つの大きな成果だ。ヴァン・アレン帯は人工衛星にとって非常に危険な領域で、たとえば前述した、オーロラを起こす電子のエネルギーは約10キロ電子ボルトだったが、ヴァン・アレン帯の中の電子のエネルギーは、実に1000キロ電子ボルト以上にもなる。

たとえばマイナスの電気を帯びた電子が人工衛星にぶつかると、衛星自体がマイナスに帯電し、ショートを起こし、衛星が壊れることもある。通常の衛星なら数年耐えられれば良いほうで、「あけぼの」が26年間も過ごせたのは非常にすごいことだ。

その26年にもおよぶ運用の中で、「あけぼの」は約11年周期で変化する太陽と、それに伴って変化するヴァン・アレン帯の様子を観測することに成功した。その結果、太陽活動が極大になる時期にはヴァン・アレン帯が大きくなり、逆に極小期には小さく、スカスカの状態になること観測した。ヴァン・アレン帯が太陽活動によって変化することを実際に観測したのは「あけぼの」が世界で初めてのことだった。

ヴァン・アレン帯内の高エネルギー粒子が、いつ、どのくらい増えるのかを予測するのは大事なことで、いわゆる「宇宙天気予報」の課題の一つでもある。「あけぼの」の観測はそうした予測に大きく役立つものでもあった。

しかし、「あけぼの」はヴァン・アレン帯を専門に観測する衛星ではなかったため、その観測範囲は限られていた。そこで来年、ヴァン・アレン帯の観測に特化した、新しい人工衛星「ジオスペース探査衛星」(ERG)が打ち上げられようとしている。

ジオスペース探査衛星(ERG)

ジオスペース探査衛星(ERG) (C)JAXA

ERGは「エルグ」、もしくはアルファベットをそのまま読み「イー・アール・ジー」と呼ばれている。ERGとはExploration of energization and Radiation in Geospaceの頭文字から採られており、直訳すると「地球の周りの宇宙空間にあるエネルギーの動きや放射線の探索」といった意味になる。ちなみに「エルグ」は、仕事量や熱量の単位の名前でもある。

衛星の大きさは1m x 1m x 2mほどで、打ち上げ時の質量は360kgほどと、「あけぼの」より少し大きいぐらいの、いわゆる小型に分類される衛星だが、その内部には9種類もの観測機器を持ち、ヴァン・アレン帯を徹底的に観測することを目指している。

衛星は打ち上げ後、地表に最も近い高度約300km、最も遠い高度が約3万km、赤道からの傾きが31度という軌道による。「あけぼの」と同じように地球をたすき掛けをするように回りつつも、その高度は高くなっており、ヴァン・アレン帯の中心部に突っ込むように飛行することができるようになっている。

ERGでは、まずオーロラを光らせているよりも小さいエネルギーから、それよりも6桁以上大きなエネルギーまで、非常に広いエネルギーの範囲を観測することができる。また、プラズマの波と電子を10マイクロ秒という非常に高い精度で観測することができ、ヴァン・アレン帯にある電子の一つ一つのエネルギーの変化を直接検出することさえも可能とされる。そこには世界初の技術が使われているという。

ERGは現在も開発中で、予定では2016年の夏ごろに、イプシロン・ロケットの2号機で宇宙へ飛び立つことになっている。

「あけぼの」は2015年4月23日15時59分、停波作業が行われた。停波とは、衛星に搭載されている電波の送信機やバッテリーを停止させ、二度と電波を出さないようにするために行われる作業で、これをもって衛星は、運用を終えることになる。「あけぼの」の運用は終わったが、「あけぼの」がこの26年間で残した膨大な量の成果と知見は、今後もERGの観測計画の立案や、データの解析に役立てられるという。「あけぼの」からERGへ託されたバトンによって、私たちの住む地球の周囲にある、磁場が支配するダイナミックな宇宙空間の謎を解き明かし、本当の姿を見せてくれることだろう。

「あけぼの」停波の瞬間 (C)JAXA