Cypressの自動車向けラインナップ

さて、ここからはCypressというかSpansionの赤坂伸彦氏(Photo16)により、同社のCortex-R5ベースの自動車向けMCUであるTraveoシリーズの説明があった。

Photo16:肩書きはSpansion Inc. バイスプレジデント 自動車事業部事業部長となっておられた赤坂伸彦氏。会社名そのものはCypressで統一されることになるが、自動車向けは引き続きSpansionブランドが使われることもあり、ちょっと判りにくい。ついでに言えば、SpansionのWebサイト自身、トップはCypressで統一されてるにも関わらず、左下には"(c)2015 Spansion Inc."なんて表記があり、このあたりはまだ整理がついてない感じだ。

まずはマーケット概観(Photo17)であるが、自動車向け半導体の売り上げの伸びは9.5%と、半導体全体の売り上げの伸びである6.5%を上回る勢いであり、これをキャッチアップしてゆくのは当然重要と考えられるとしている。このマーケットに向けて、富士通も昔から製品を提供しており、もう40年近いの歴史がある(Photo 18)。ここで利用されてきたアーキテクチャは同社独自のもの(最近だとFRシリーズ)や、場合によってはARM 9/11といったコアも利用されてきたのだが、同社は(Spansionの買収前に)Cortex-R5の採用を決定、Spansionの買収後にこれをTraveoシリーズとして発表している(Photo19)。

Photo17:このところ全世界的な景気回復で少しづつ出荷台数が伸びていること、これにあわせて電子機器の需要が少しづつ増えており、金額はともかく出荷数量は結構伸びているという話である。

Photo18:最初はHVAC向けの4bit MCUだそうで。

Photo19:あくまでMCU、というところがポイント。

なぜCortex-R5を採用したのか、という事に対するSpansionとしての回答はこちら(Photo20)である。もしここで独自コアのまま突っ走っていると、開発環境や自動車向け品質のコンパイラの提供、あるいはFunctional Safetyにまつわるパッケージの準備を全部自前で行う必要があり、そのあたりを勘案するとARMのエコシステムに乗ったほうが楽、というのは特にこれからシェアを伸ばしてゆきたいというメーカーにとっては当然であろう。

Photo20:優等生的な回答ではあるが、それなりの性能が必要で、かつツールやエコシステムが重要、というのは欠かせないポイントだろう。

同社の場合、Traveoをコンソールパネルやボディ制御、EV/HVのモータ制御向けに考えており(Photo21)、例えばモータ制御ならこんなことが出来るという一例が示された(Photo22)。ボディ制御は、本格的なシャーシ制御とかActive Suspensionなどではなく、比較的穏当な範囲の制御に留まっている(Photo 23)。HAVC(Photo24)も同じで、少しづつ機能が増えている事に対応して、MCUの側も少しつづ進化している(Photo25)形だ。

Photo21:逆に言えばADAS向けなどの、高性能なプロセッサやGPGPUが必要とされる用途は今のところ考えていない、ということでもある。

Photo22:擬似的な4輪操舵というか、EV/HVなどで充電期間を長く取るためにはこうした工夫が必要と言うことだろうか。ただこれ言うは優しいが、実装は結構大変そうであるが。

Photo23:実際にはドアミラーには小さなLIN MCUが入る方が一般的ではあろうし、パワーウィンドウなども専用MCUを入れる形になるかと思うが、そうしたものをBCM(Body Control MCU)で集中管理するということか。

Photo24:要求機能の変遷。筆者は余り最近の車に乗ったことがないので、4ゾーン制御とかは今ひとつピンと来ないのだが。

Photo25:HVACシステム構成例。複雑化する要求をどれだけシンプルに実装できるかという話になる。

そして本題と言うわけでもないが、同社が3月26日に発表した新製品が次のクラスタシステム向けのソリューションである(Photo26)。この分野も最近はアナログメーターが使われているケースはだいぶ減り、LCDに置き換えられつつある。また2D表示以外に3D表示が使われるケースも増えてきている。同社は富士通の時代からこの分野向けのソリューションを長く提供してきており(Photo27)、2D/3Dどちらも実績がある。特に3Dエンジンについては、VRAMを介さずに直接表示を行う機能を持っているのが特徴的である(Photo28)。このクラスタ向けは既に多くの製品がラインナップされているが(Photo 29)、3月26日には内蔵Flashとフレームバッファを1MBに削減した S6J32BAとS6J32DAを新たにラインナップに追加、大衆車向けの廉価なクラスタシステム向けとして提供されることになる。

Photo26:もともとアナログメータといっても昨今では機械式メーターを使うことはまず無く、ステッピングモータを利用した電気式メータが多いので、純粋にコストを考えるとLCDの方が下手をすると安いかもしれない。ただ運転席のレイアウトとか情報表示のわかり易さなどを考えると、併設するのが一般的ではある。

Photo27:Traveoシリーズの場合、フレームバッファを内蔵しているため、外部にSDRAMを接続する必要が無く、BOMコストを下げられるのは大きなメリットの一つである。

Photo28:ただし画面データなどまでは全部MCUに収める事は無理なので、これ用に同社のHyperBusを経由する形で外部Flashは必要ではある。

Photo29:Traveoグラフィックス・クラスタMCUラインアップ

ちょっと話は戻るが、今のところARMは自動車向けのGPUを提供する予定はない(これはYork氏にも確認したが、あくまでSmartphoneやTabletなどのMobile向け、との事)。なので、どんなGPUを使うのか、というのは一つの差別化要因になりえる。実際赤坂氏も「Cortex-R5を使うだけで差別化になるとは考えていないので、どれだけ(OEM/Tier 1が)使いやすい製品を提供するか、という形で頑張ってゆく」とされており、その意味ではCortex-R5の使い方の一つの見本と考えてもよいかもしれない。 冒頭に述べた通り、今回の説明会の内容はこれだけであり、何か目新しい話があったというわけでは無い。にも関わらずこうした説明会を開催することで、ARMは自動車業界にも強い、という事を印象付けたいというのが狙いであり、今後も似たような機会が定期的に開かれるかもしれない。ある程度そうした認識が浸透するまでは粘り強く繰り返す、というのはARM本国の意向でもあろうが、ARM(株)の内海社長の得意とする手法でもあるからだ。