さて、ゼンリンが大分からスタートして、他社を吸収合併していったとはいえ、今日のように地図データ製作企業としてトップになるにはそう簡単にはいかなかったはずである。もちろんただ運がよかったというだけでもないはずで、その秘密に迫ってみよう。最大のポイントは、1980年代に下されたある決断だそうだ(画像19)。それまでは、当たり前だが紙媒体を主流としてきた地図製作の事業を、ゼンリンではパソコンの普及を見越し、他社に先駆けて地図データのデジタルデータベース化を開始したのだ。

画像19。デジタル化がターニングポイントとなった

当時はまだコンピュータの性能が十分ではなく、目的とするシステムの開発には莫大な費用がかかることが予想されたため、実用化には大きなリスクの伴うプロジェクトだったそうである。このプロジェクトがPCで行われていたわけではないが、参考までに1982年当時にどんな機種が発売されていたかというと、日本では国内メーカーが独自のアーキテクチャのPCを多数発売しており、御三家のNECならビジネス用途(後にゲームも多数発売されるが)の初代PC-9801や、ホビー用途のPC-6001mkIISRなど、シャープならホビー用のMZ-700と初代X1など、富士通ならFM-NEW7という具合。40前後から上の人なら、「懐かしい~!」と感じるラインアップの時代だったのだ。

しかし、地図データのデジタルデータベース化はパソコンの普及が予想されること、そのほかにもメリットがあることから、ゼンリンでは先行投資を続け、1984年に住宅地図情報を記録させて自由に取り出せるシステムの開発に成功。それが、GIS(地理情報システム)の元祖というべき「住宅地図情報利用システム」だったというわけである。当時、大いに注目されたという(そしてこの年には、その一環として、GPSカーナビの研究もスタートした)。

今ではデジタル地図は当たり前なので、更新はもちろん、ユーザーが独自情報を付け加えることなども簡単だが、住宅地図情報利用システムはそれを初めて実現したものだった。(デジタルな)白地図に必要な情報を付け加えてオリジナル地図を作るといったことも簡単に行えることから、官公庁を初めとして、オーダーメイドできる地図情報システムとして需要を拡大していったのだそうだ。

ほかのメリットとしては、熟練社員の高齢化への対応というものがある。いうまでもないが、すべて手書きで美しい地図を作るには、まず何はさておききれいな文字を書けなければ話にならない。が、誰でも彼でもうまく書けるわけではないのは当然である(デジタル化の前後の1982年には、ワープロの前身であるペンテル製「ペンピュータ」(画像20・21)なども導入されていた)。

それに加えて直線ならまだしも、カラス口や雲形定規など、マンガ家必携の道具(最近はパソコンで描くマンガ家も多いから使用頻度も下がっているとは思うが)を上手に使いこなしてきれいな曲線を描く技術なども必要なわけで、まさに職人の世界(その模様は、「ゼンリン バーチャルミュージアム」の中の、「-匠-昔の地図づくり」という動画で見ることが可能だ)。

画像20(左):デジタルデータベース化プロジェクト開始の頃に導入された「ペンピュータ」。写植とワープロを足して2で割ったような初期のIT機器。メディアは伝説の(?)8インチFDDだ。画像21(右):ペンピュータの文字選択用インタフェース。写植の感覚に近い

それをデジタル化することで、字や曲線をきれいに書いたり描いたりできるかといったことはまったく関係なくなるわけで、地図製作の敷居を下げられるというわけだ(今度は入力ソフトや管理ソフトの扱い方を覚えるという別のスキルを求められるわけだが)。それから、紙資料の弱点である火災事故による消失という危険性を回避できるというメリットもあって、デジタルデータベース化は押し進められたのである。

この先見の明による英断により、地図のデジタルデータベース化から2年後の1986年には、「CD-ROM電子地図」が発表され、さらに3年後の1989年にはゼンリンの地図データを採用した世界初のGPSカーナビがマツダの「ユーノスコスモ」に搭載されたというわけだ。そして現在では、紙媒体も出版されているが、カーナビをはじめ住宅地図ネット配信サービスや、ポータルサイトの地図サービス、スマートフォンの地図アプリなど、デジタル地図の利用範囲が大きく広がっているのである(画像22・23)。

画像22(左):現在、ゼンリンが扱う地図データの利用範囲。画像23(右):スマートフォンでも住宅地図配信サービスが使える

以上がゼンリンの企業としての沿革やデジタルデータベース化の概要だ。続いては、地図データの製作の流れを説明していこう。全国70カ所の拠点において1000名の調査員および複数の走行車両による情報収集がなされた後は入力・編集作業となり、その後は地図情報の管理業務となる。そしてその後は、各フォーマットへの最適化(地図情報の提供)を経て、顧客のニーズに合わせたさまざまな形態での販売となるというわけだ。