国内メーカーが技術の粋を集めた高級万年筆
「2大ハイエンド万年筆」はどちらも海外メーカーのものだが、それでは、日本の万年筆はどうだろうか?
「国内では特にハイエンドクラスの万年筆において海外製の後塵を拝するイメージのある万年筆ですが、多彩なペン先を作り出す職人技や漆、蒔絵装飾の技術、インクが乾かないように工夫を凝らしたキャップの機構など、いい意味で日本人らしい作りで、かつ性能は非常に高いです」と、奥泉さんは国内メーカーの奮闘をたたえた。そして、「日本人よりもむしろ海外から高く評価されている傾向もあるみたいですね」ということで、蒔絵装飾や機能の高さなどが、海外で高評価であることも教えてくれた。
海外で高く評価されているという国産の万年筆だが、アルファベットよりも細い線を引かなくてはならない漢字向けに最適化され、海外製の同じ太さの表記のものより細字になっているなど、ペン先にも独自の工夫が凝らされている。
そんな日本の3大万年筆メーカーといえば、パイロット、セーラー万年筆、プラチナ万年筆だ。細字・中字・太字にとどまらない多彩なペン先を用意しているセーラー万年筆、インクが乾きにくい機構をキャップに組み込んだプラチナ万年筆、外注ではなく、自社に蒔絵工芸作家集団・国光会を抱えるパイロットなど、そのこだわりは各社さまざま。今回はその中でも、パイロットのハイエンド万年筆を紹介したい。
■パイロット「カスタム845」(希望小売価格5万円(税別))
エボナイトと呼ばれる合成樹脂を削りだし漆で仕上げた軸に、大きく柔らかなペン先。安定したスムーズな書き味は日本らしく、また万年筆らしいとも言える逸品といえる。奥泉さんは、製品名の「845」にはどういう意味があるのかとよく聞かれるそう。それについて、「これはあくまでウワサですが、最初の2桁がパイロット創業何年に作られたかを示していて、1桁目は価格を示しているのではないか…と万年筆マニアの間ではささやかれていますね。公式にアナウンスはないんですけれども興味深いです」と、ミステリアスな説を教えてくれた。
また、日本には上記の大手筆記具メーカー以外に、手作りの万年筆を作成している工房・職能集団といえる会社が存在するのをご存じだろうか。「中屋万年筆」も、その中のひとつだ。「もとはプラチナ万年筆にルーツを持つ人たちが手がけているメーカーで、その技術を継承しつつ、ひとつ職人技で手作りの万年筆を制作しています」と奥泉さん。同ブランド内では、低価格帯の物でも5万円近く、高い物では蒔絵で装飾された100万円を越えるものもある。価格帯からもそのほとんどがハイエンド万年筆と呼べるが、その中でも見た目からして他とはちょっと違った「シガー」を紹介する。
■中屋万年筆 「シガー・ロング」(希望小売価格5万9,400円)
金色のリングやクリップという高級筆記具に定番の装飾を一切なくしたデザインは、一見すると高級さとは対極に見えるかもしれない。この製品は漆や削りだしのエボナイトといった昔ながらの職人技のみから生み出されており、装飾を排したことで、むしろ先進性やモダンさを感じさせる。しかも、同ブランドは独自のカルテ方式を採用し、オーナーの書き方・クセを考慮したペン先の調整で仕上げてくれるのだとか。
「もちろん書き味は折り紙つきです」と奥泉さん。「"一生もの"という言葉がありますが、こうしたハイエンドの万年筆は父から子、子から孫へと受け継がれることも珍しくない、いわば"2生、3生もの"です。思い切って手を伸ばしてみて、新しい世界に触れてみるのも面白いと思いますよ」と、後世に受け継いでいけるという万年筆のおもしろみを語った。
最後に、奥泉さんは"高級万年筆"と分類される製品について、「傾向としては国内外とも10万円超えの万年筆は性能というより、ダイヤやプラチナ、日本の場合は蒔絵や漆塗りといった装飾技法が採用されていたりと、実は装飾性の部分が価格に反映されて高くなっているという面があります。使うというよりはその美しさからくるコレクション性が魅力になっていることも多いですね」と語った。そうした背景を受けた上で、「目的にあわせて万年筆を選ぶことが、大事な1本を決める上で重要になってくると思います」とアドバイスしてくれた。ちなみに、「書く」ことに主眼を置けば、平均6万円前後でハイエンドと言える品質の物を買うことができるそうだ。
今回は装飾性の高い物は省き、定番ラインに絞って紹介したが、それでも筆記具1本に支払う金額として、多くの人にとっては冒険といえる。紙とペンにゆったりと向き合う時間ができるようになったら、いつかは手に入れてみたいものだ。