日本航空(JAL)は今年7月、国内線初となる機内インターネット接続サービス「JAL SKY Wi-Fi」を開始する。これに関し、今回編集部では、同社で機内エンターテインメントなどの開発を担当する江幡考彦氏に話を聞く機会を得た。

前編では2012年7月から開始した国際線版のサービスを中心に、その仕組みやねらいを紹介した。後編となる本稿では、満を持しての導入となる国内線版のサービスを中心に、その概要やサービス提供の背景などについて、私見を交え紹介していく。

日本航空 顧客マーケティング本部 商品サービス開発部の江幡考彦アシスタントマネージャー

■前編はこちら
機内インターネット接続サービスで示す「生まれ変わった日本航空」 - JAL SKY Wi-Fi担当者に聞く・前編

国内線版サービスは「エンターテインメント性」を重視

今年後半に導入される国内線版のJAL SKY Wi-Fiは、インターネット接続サービスに加え、機内エンターテインメントの拡充という目的がプラスされている点が大きな特徴だ。

国内線用の座席には個人用の画面が取り付けられていない。このため国際線との間で機内エンターテインメントのサービス水準に差があったが、全席にモニタを追加するとなると投資額が多額に上るほか、配線を含む機材もかなりの重量になる。

そこで、乗客が既に所有しているモバイル機器にWi-Fi経由でコンテンツを配信することで、座席自体には画面がなくとも、乗客一人一人が好きな映像などを楽しめる環境を実現するのがねらいのひとつとなっている。スマートフォンなどが広く普及した今だから実現できるサービスと言えるだろう。

サービスプロバイダとして、同社の国際線で機内インターネット接続システムを提供している米Panasonic Avionicsではなく、新たに米gogoを選んだのも、このように国際線とは異なる目的があるからだ。

国際線で就航中となる、「JAL SKY Wi-Fi」用のアンテナが載せられたボーイング777(JA733J) (写真提供:日本航空)

gogoは米国内線向けに機内Wi-Fiを利用したインターネット接続やビデオストリーミング(米国ではコンテンツの有料販売も行っている)のサービスを提供しており、それを日本向けにカスタマイズすることで、日本航空が求める条件に合ったシステムをいち早く用意できる位置にあった。gogoが米国外でサービス提供するのは初となるが、機内エンターテインメントシステムの実績がより高く評価されたということだろう。

インターネット接続の料金体系も国際線とは異なり、利用時間は最低30分から購入できるほか、羽田 - 沖縄など比較的所要時間が長い路線については、スマートフォン・タブレット利用時の料金を、PC利用時よりも低廉に設定。機器1台ごとの課金となるため複数機器をまたいだ利用はできないが、30分400円からという料金は機内インターネットサービスとしては安く、スマートフォンから短時間だけ利用したいとったユーザーには便利だ。

国内線版 JAL SKY Wi-Fi 時間制プラン
路線、利用機器にかかわらず均一料金 30分プラン 400円(税込)
国内線版 JAL SKY Wi-Fi フライトプラン
1フライトあたりの料金:使用時間制限なし(下記いずれも税込)
フライト距離 450マイル以下
(羽田 - 大阪ほか)
451-650マイル
(羽田 - 福岡ほか)
651マイル以上
(羽田 - 沖縄ほか)
利用機器 スマートフォン 500円 500円 700円
タブレット
ノートパソコン
500円 700円 1,200円

gogoが契約している米IntelsatのKuバンド衛星回線(Kuバンド:12~18GHzの周波数帯域)を使用し、通信速度はおおむね国際線サービスに準じたものになる見込み。国内線では衛星1機のサービスエリアで全区間をカバーできるが、バックアップ用の副回線も用意されているという。

前編でも述べたが、衛星通信用のアンテナを設置するだけでも機体を2週間程度休ませなければならない。それに加え、今回は座席のリニューアルも合わせて行うため、Wi-Fi対応の機体が多くの路線に導入されるまでにはまだ少し時間がかかりそうだが、向こう3年程度で国内線用の中・大型機の標準装備となる。

国際線においても欧米線に続きジャカルタ線に導入されたように、飛行時間が長い路線から順次対応が拡大される予定だ。

国内線での機内インターネット接続サービスの導入は、新仕様機「JAL SKY NEXT」への改修として行われるため、座席も合わせてリニューアル。1月末に都内で行われた「JAL SKY NEXT」の発表会では、リニューアルする座席も展示された。左は現行座席から最大5cm足元スペースが拡大した普通席、右は国内線9機に導入される予定のファーストクラスシート

いざというときにネットにつながる「安心感」

これは私見だが、最大のライバルである全日本空輸に先駆けて日本航空がWi-Fiサービスを本格展開すると聞いて、筆者は「ずいぶんと思い切ったな」と感じていた。

電波を利用するサービスの常として通信が不安定になることは避けられず、場合によっては満足できない乗客からのクレームにつながる可能性もある。そもそも電車の中での携帯電話の使い方ひとつで度々論争が起こるような日本において、機内をネットの"圏内"にすること自体、その是非が問われかねない。

どちらかと言えば保守的なイメージがあった日本航空がこの種のサービスを導入するのは、他社の様子を見ながら足並みを揃えて、となるのではないかと思い込んでいたのだ。

この点を率直に聞いてみたところ、確かに同社内でも「機内ではむしろ仕事を忘れて休みたい」「インターネット接続にそこまでの需要があるのか」といった声は挙がっており、先進的なサービスの提供が求められていたとはいえ、いまWi-Fiへの投資を優先すべきか議論があったという。

しかし「JALならいざというとき機内でもネットにつながるという『安心感』が、当社を使っていただく理由になる」(江幡氏)といった考えや、このタイミングであれば他社に対する明確な差別化要素として打ち出せることとなどから、導入の方向へ動いていったという。

機内インターネット接続サービスを「JALが選ばれるための大きな強みの1つ」だと語る江幡氏

現時点で、お金を払ってまで機内からネットにつなぐ必要性がどこまであるかは別として、もし機内で誰かに連絡を取りたくなったり、調べ物をしたくなったとき、ネットにつなぐ「こともできる」というのは確かに安心だ。

それに、特にビジネスユーザーの場合、飛行機に乗る前は電話連絡やメールの確認をまとめて済ませたり、長距離路線の場合は「すいませんが明日○○時まで対応できないので」と同僚や得意先に前もって伝えたりと、しておかなければならないことが何かと多く落ち着かない。目的地の空港に着いてWi-Fiをオンにすると、今度は圏外だった間のメールがまとめてどっさり届いてうんざりする。空路での出張はこれらひとつひとつがストレスという人も少なくないだろう。

また、何も仕事や緊急の要件に限ったことではなく、「今日は窓から富士山がきれいに見えた」というだけのことでも、感動があればその場で誰かに伝えたいと思うのは自然な考えといえる。

機内アクセスポイントに接続すると表示される、国内線版 JAL SKY Wi-Fi用のホームページ(試用版)。gogo社のIDを入力しログインすると、各プランが購入でき、エンターテインメント系コンテンツ視聴のほか、航路なども確認できる

いつか、機内のネット接続が「標準」の時代に

「A社の飛行機に乗ったら先に飛んだB社を追い抜いて早く着いた!」ということがまずないように、航空業界というのは運航そのものでは差を付けにくく、同じ路線に複数の航空会社が飛んでいるものの、どこを選んでもたいして変わらないことも少なくない。しかし、インターネットが社会的なインフラとして定着した現在、もし同条件で「つながる」飛行機と「つながらない」飛行機が並んでいたら、つながるほうが選ばれる可能性は高くなるだろう(場合によっては多少運賃が高くても)。

先日、ANAも機内インターネット接続サービス「ANA Wi-Fi サービス」を、国際線で3月1日から開始すると発表した。とは言え、まだ当分はインターネットにつながる飛行機に乗れたらラッキーという状況が続きそうだが、米国内線などでは既に複数の大手航空会社がWi-Fiサービスを導入しているように、いつかは日本でも、つながらない飛行機のほうが「ハズレ」扱いになるのかもしれない。

機内でモバイル機器をどう取り扱うかについてはまだまだ議論があるかもしれないが、少なくとも今回の日本航空の取り組みからは、いずれ訪れる時代を先取りしようという明確な意思が感じられた。