2013年3月に設立された準天頂衛星システムサービス株式会社。同社は、初号機「みちびき」に続いて、2016年度から2017年度にかけ準天頂軌道上の2機と静止軌道上の1機が打ち上げられた後、2018年度からサービスを開始する準天頂衛星を利用した衛星測位サービスの管理などを行うことになっている。

みちびきは現在、宇宙航空研究開発(JAXA)が管理運用を行っているが、すでにエンドユーザを交えた実証実験なども行われており、数10cm精度での衛星測位サービスなどに関心が高まっている。

設立から約1年が経った2月12日、準天頂衛星システムサービスは都内で「準天頂衛星シンポジウム」を開催した。サービス提供会社やメーカーなど100人超が参加する中、シンポジウムでは、内閣府 宇宙戦略室 参事官 野村 栄悟氏の挨拶、JAXA 小暮 聡氏による初号機みちびきの成果についての講演、衛星測位利用促進センター 松岡 繁氏による観光やIT農業などでの実証実験とその推進体制の説明などが行われた。今回は、その中から日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)の坂下 哲也氏による「サービス分野での準天頂衛星への期待」と題した講演の一部を紹介する。

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緯度・経度・高さ・時間が付与される意味

日本情報経済社会推進協会
坂下 哲也氏

準天頂衛星システム(QZSS : Quasi-Zenith Satellite System)では、サブメータ級・センチメータ級の高精度測位が可能になるため、例えば、建築分野では自動運転によって人が少ない夜間に工事ができるようになるといったことが期待されています。

位置情報は、「緯度・経度・高さ・時間(x,y,z,t)情報」になりますが、これを様々な"もの"に付与すると、それは"ユニーク"になります。つまり、一つの識別子(判別できるID)を以て、それが利用でき、さらには、他の情報と連携することが実現します。

データが可視化され使えるようになることは、経営の目からみると、マネジメントができるということです。そのため、データ利用ではこの測位情報・時間情報というのが重要になってきます(図1)。

図1 : 位置と時間で情報をつなげる

現在、取得できる位置情報の範囲

位置情報は、今どこまで取得できるようになったのか、順に簡単に御説明します(図2)。

図2 : 位置情報はどこまでとれるのか

  1. IPアドレスでは、国や地域がわかるので、産業界はどうするかというと「この人は日本人だ」「この人は東京の港区の人だ」ということがわかります。
  2. GPSです。今、私たちが利用しているGPSは、日本から見ると低い高さにありますから、高層ビルがある街ではなかなか位置情報を取得できないこともあります。そのため、サービスではある程度の誤差を織り込んで、サービスを行っています。なお、準天頂衛星は常に天頂角にあるようになりますから、常に高精度な位置情報が使えるであろうという期待があります。
  3. Wi-Fi測位というのがあります。これはスマートフォンでも使ったサービスが多いです。エリアによって精度に違いがあります。高精度に測位をする場合は、Wi-Fiのアクセスポイントを増やしたり、測位のためのデータベースを常に最新にしておく必要があります。
  4. 非可聴音です。海外ではshopkickという会社が、人には聞こえないこの音をスマートフォンで拾って、クーポンを発行するサービスを提供しています。非可聴音のレベルになってくると、測位精度は数mの範囲に絞られます。
  5. IMES(Indoor MEssaging System)は、屋内のGPSを提供します。屋内にGPSの測位衛星を配置しているようなイメージでしょうか。GPSと同じように、緯度・経度情報を取得して、サービスを提供します。
  6. 可視光通信は、LEDの中に位置情報をいれておいて、それをスマートデバイスで取 得します。私がこれを実際に見たのは大阪の松下記念病院で、ここでは自律搬送ロボットが可視光通信で制御されています。
  7. QRコードやNFC(Near field communication)を利用すると、これはもう0cmになります。

以上の1~7のうち、IMESと可視光通信を除けば、これらはスマートフォンで利用できますから、屋外から屋内まで、サービスがシームレスにつながることも可能になってきました。

位置情報を利用する技術の中で、今年ブレイクしそうなのがiBeaconです。これは10mぐらいの精度で位置情報を得られるもので、価格が安い(数千円から数万円)のが特徴です。例えば、お店の近くに行ったらクーポンを発行する、店舗内では客がいる位置によっておすすめ商品を提示する、QRコードやNFCを利用してレジを通らずに決済が完了する、といったサービスがiBeaconで実現することが期待されています。今春からは、このiBeaconを使ったサービスが多く出てくることでしょう(図3)。

図3 : iBeacon

位置情報を使ったサービス事例

位置情報を使ったサービスというものは、最近はどのようなものがあるのかご紹介します。ここでご紹介するもの全てが、高精度の位置情報を利用することによって、さらに高度化され、適用範囲が拡大することが期待できると考えられます。

  • 「Location Supporter」(JMテクノロジー、フジテレビジョン)
    TV局内にいる取材スタッフが機動的に動くために測位技術を使っています。取材スタッフが、スマートフォンを持ち、事件などが起きたら、位置情報を使って、現場に一番近いスタッフ(カメラ、音声など)を急行させます(図4)。

図4 : Location Supporter

  • 「LifeLine」(電通、ゼンリンデータコム)
    【経済産業省・総務省主催オープンデータ・ユースケース・コンテスト受賞作品】
    大きな災害が発生すると通信制限で連絡が取りにくくなります。そこで、地震のなどの非常通知があった場合に、利用者がいる場所の情報を、事前に登録した家族などへ自動送信するサービスです(図5)。

図5 : LifeLine

  • 「Night Street Advisor」(明石高等工業専門学校)
    【経済産業省・総務省主催オープンデータ・ユースケース・コンテスト受賞作品】
    地方公共団体が保有する街路灯のデータをもとに、電球やLEDなど各タイプの光量や、街路樹の光の遮断情報を可視化し、帰宅の際に明るい道を選んでナビゲーションするものです(図6)。

図6 : Night Street Advisor

以上のどれもが、高精度測位によって、より広範にサービスが拡大できる可能性があります。では、どのような市場があるのでしょうか。ここでは、2つご紹介します。

1つめは、地図の高度化です。測位が高度化すれば地図が高度化します。QZSSでは車道のレーンまでわかりますから、それに合わせた地図が作られる、これがひとつのマーケットになると思います。もう1つが、きめ細かいビジネスの展開ということです。

現状では、行動ターゲティング広告では、測位情報が10m前後程度の誤差があるものとしてサービスは提供されています。これが、QZSSで1m以下、または数cm範囲まで測位ができれば、サービスの高度化が期待できます。そして、それによって、屋外で高精度な測位ができれば、建物の入口までピンポイントでナビゲーションできます。さらに、そのままデータを引き継いで、屋内のサービスへとシームレスにつなぐサービスの創出が期待できます。

ところで、(2月8日に)関東では大雪になりました。駅などの公共空間で除雪を最初に行う場所が点字ブロック部分だそうです。QZSSは、センチメータ級測位を提供しますが、その情報をもとに杖や音でナビゲーションができれば、点字ブロックと同じような役割を電子的に果たすことができる可能性があるのではないでしょうか。

高精度の位置情報を利用することは、サービスの高度化ばかりでなく、公共の利便性を向上することにもつながります。

社会インフラとしてのQZSSの期待

2020年に東京五輪があります。この時の日本がどうなっているかというと、65歳以上の人口が3600万人を超え、生産人口は減少を続けています。少子化も横ばいだと予測されています(図7)。今年生まれたお子さんが、オリンピックの時は6歳、小学校1年生くらいでしょうか。

図7 : 2020年には65歳以上人口が3600万人超

そのお子さんが、36歳の働き盛りの頃である2050年になると、6割以上の地点で人口が半分以下になり、2割は人口が0になると予測されています。人口が増えるのは1.9%の地点だけです(図8)。このような状態になったときに、どのような社会基盤が必要なのでしょうか。

図8 : 2050年には6割の地点で人口が半分以下に

コンパクトになった街の中では、コンパクトモビリティやロボットを活用するでしょう。農業でも、人が減るのでIT農業が必要になっていくと思います。こういった活動から生成されるデータを蓄積し、空間上に可視化し、また利活用する。ここで集積されるデータは日本全体のインテリジェンスとなって、さらなる国土の強靭化につながるのではないかと思います(図9)。

図9 : 2050年に向けて

このような未来の地域プラットフォームは、移動・空間・交通・気象といったデータが、我々のやっている購買・行動・生産・地域情報といった情報と紐付いて、移動の最適化、インフラのメンテナンス、消費バリューチェーンの活性化、さらには生活支援や見守りといったことに使われていくことになるでしょう(図10)。このような世界においては、屋外屋内の高精度測位のデータや、様々なIDでデータをつなげるといったことは、重要な手段になってきます。QZSSは、このような未来に向けても重要な基盤なのではないでしょうか。

図10 : 2050年の地域プラットフォーム

今後の発展に向けて

QZSSを利活用していく上で、関係府省へ3つの提案をしています。

ひとつは2013年12月に達成されましたがアイデアソン(マラソンのようにアイデアを出し続けるもの)の実施です。いろんな人を集めて、こうなったらいいねという夢を描こうというものです。次にハッカソン(技術とアイデアを競い合う開発イベント)です。補強や補完の測位仕様を公開して、「下町ロケット」のように街の中の製造業の方々を中心に、ニーズに合った受信機を作ってもらう受信機のハッカソンです。

そして、最後に、そういった受信機を使って屋外のロボコンをしようというものです。屋内でのロボコンは沢山ありますが、屋外でサッカーをやるようなロボコンを実施する。例えば、高専の生徒が2018年頃にQZSSを利用して屋外ロボコンをやったとしたら、2050年には働き盛りの年代としてこのQZSSを利用した新しいソリューションを作ってくれると思います。それに、QZSSの覆域は、現在、ロボコンが活発に行われるアジアをカバーしていますから、グローバルなソリューションを創出する若い人材を育成していくことにも寄与するでしょう。

多くの人たちのアイデア、そして知識、知性をつなげていかないと、新しいサービスは生まれてこないのではないかと思いますので、ぜひ、取り組みを検討して欲しいと思っています。

■了■

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シンポジウムの最後に、準天頂衛星システムサービスの村井 善幸氏が「QZSSの成否は、衛星がいいものかとか、地上施設がいいものということだけではなく、使う人にとってQZSSを使ってこのような良いことができたという成果が出てきて、それが評価されるのだと思っています」と語った。

2018年の実稼働に向け、同社では利活用の促進として個人でも参加できる情報交換の場「QSUS」の設立や、サービス利用のアイデアソン開催といったことを実施している。個人が使うスマートデバイスの中だけでなく、社会基盤としても重要となることが期待されるQZSSによって、衛星測位サービスは新たなステージに立つことになるだろう。