東京大学は2月21日、生体環境下で収縮する特殊な高分子を、任意の割合でハイドロゲルに導入することで、水分を吸収して膨張しようとするハイドロゲルの変形を制御することに成功し、その強度が膨潤によって崩れない「非膨潤ハイドロゲル」を開発したと発表した。

成果は、東大大学院 工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻の酒井崇匡 助教、同・博士後期課程1年の鎌田宏幸氏、同・鄭雄一(CHUNG,Ung-il)教授(医学系研究科兼担)らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、2月21日付けで米科学誌「Science」に掲載された。

近年、再生医療への関心が高まる中、医用材料としてのハイドロゲルに注目が集まっている。ハイドロゲルとは、3次元状の網目構造を持つ高分子が水を含んで膨らんだ物質の総称である。今のところ、日常生活で目にするハイドロゲルといえば豆腐・寒天・煮こごりなどの食べるものが主だが、中にはコンタクトレンズやオムツなど、医療分野や衛生分野ですでに用いられているものも多い。ちなみにハイドロゲルを使用したオムツはどれぐらい水を吸うかというと、わずか1gの高分子で1000g程度の水を吸収できるという。

ハイドロゲルは高分子の網目構造に水が入り込んだ構造体であり、その含水率(~90%)が生体軟組織(皮膚や筋肉、軟骨など、生体内に存在するやわらかい組織の総称)のもの(70~80%)と類似していることから、生体に優しい医用材料としての高いポテンシャルを秘めている。しかし、生体内の眼球や軟骨といった組織は1種のハイドロゲルであり、非常に高い強度を有しているのに対して、従来の人工ハイドロゲルは非常に脆いために、これまで高負荷がかかる部位における構造体として用いることができないという弱点があった。

それを受け、近年ではハイドロゲルの高強度化に関わる研究も数多くなされ、一部の人工ハイドロゲル(高強度ハイドロゲル)は非常に優れた強度を示すことがわかってきている。ただし、これまでに提案されている高強度ハイドロゲルは、生体内のように水が豊富で高負荷がかかるような環境では、外部から水を吸収し膨張する「膨潤」という現象がつきものだった。

一度膨潤が起こってしまうと、設置箇所の内圧が上昇することで周辺組織を傷つけ、設置した人工ハイドロゲルの脱落も問題となる。さらに、膨潤が進行すると、ハイドロゲル中の高分子が占める割合が低下し、作製直後には優れた強度を示すものでも、膨潤してしまうと極端に脆くなり、低度の負荷ですぐに壊れてしまう。そのため、生体内での応用を考える場合、ハイドロゲルの膨潤は精密に制御されなければならないというわけだ。

そこで酒井助教らは今回、低温(10℃)では水に溶け、生体温度(37℃)では収縮状態となる特殊な高分子を、ハイドロゲルの一部として組み込むことに挑戦し、それに成功。それによって開発された今回の「非膨潤ハイドロゲル」では、従来のハイドロゲルと同様に膨潤しようとする部分と、生体温度で収縮しようとする部分が相反するため、ある一定の割合でハイドロゲルが構成されている時に、見かけの形状変化を相殺することが可能だ。そこで、実際に高分子を混合する割合を詳細に検討することで、生体環境で膨潤が抑制される比率が見出され、膨潤の精密な制御に成功したのである(画像1)。

画像1。従来のハイドロゲルと非膨潤ハイドロゲルの生体環境下における形状変化の様子

このハイドロゲルは、膨潤が抑制された状態で90%程度の高い含水率を有しているだけでなく、極めて高い透明性を示すことが確認された。これによって、設置箇所からの脱落や周辺組織の圧迫といった、従来のハイドロゲルが抱えていた課題を克服したのである。

さらに、従来のハイドロゲルと比較した非膨潤ハイドロゲルの力学強度の測定も行われた。従来のハイドロゲルは作製直後には7倍まで伸ばしても破断しなかったが、一度膨潤してしまうと2倍に伸ばした時点で簡単に破断してしまったのに対し、非膨潤ハイドロゲルは、作製した後、生体環境を模倣した水溶液に1ヶ月以上浸しておいたにも関わらず、初期の形状を維持し、さらには約7倍の延伸に耐えることが確かめられたのである(画像2)。

同様に、非膨潤ハイドロゲルについて圧縮試験も行われた。すると、最大で1平方cmあたり600kg程度の重さに耐えることが可能なことが判明。これは、生体関節軟骨が最大で1平方cmあたり200kg程度の重さに耐えることができることを鑑みると、高負荷がかかる部位の構造材料として有望な値であるといえるという。

画像2。従来のハイドロゲルと非膨潤ハイドロゲルの生体環境下における力学特性

これまでにも、ハイドロゲルの構成物を単純混合するだけで簡単に構築することができる高機能ハイドロゲルはいくつか提案されてきたが、それらのハイドロゲルは生体内での中長期にわたる利用を考慮したものではなかった。今回開発された非膨潤ハイドロゲルは、生体環境でも初期形状・高強度を保つことが可能だ。将来、人工軟骨や人工椎間板としての応用や、再生医療における万能細胞(iPS細胞やSTAP細胞など)の「足場材料」(細胞の分化・誘導の促進、組織のさまざまな形状への成形、組織再建期間における構造の維持を目的として用いられる細胞を担持する材料のこと)としての利用が期待されるとしている。