慶應義塾大学(慶応大)は1月21日、生殖器官を持つ3倍体個体の扁形動物「プラナリア」が、父親・母親由来のゲノムを混合して次世代を作る有性生殖を行うことを証明したと発表した。
成果は、同大大学院 理工学研究科 後期博士課程3年の茅根文子氏、同・理工学部生命情報学科 発生・生殖生物学研究室の松本緑准教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、1月9日付けで米科学誌「Chromosoma」に掲載された。
体をいくつかに切っても、そこから頭や尾が生えてそれぞれ独立した固体になるという「不死身ぶり」で有名なプラナリアには、ゲノムのセットを2セット持つ「2倍体」や、3セット持つ「3倍体」など、さまざまな多型が存在することが知られている。
生物学では、「3倍体の生物は減数分裂での相同染色体の対合ができないため、両親の遺伝子の混合がおこる有性生殖はできない」というのが定説だ。よって、3倍体プラナリアは減数分裂ができないために、無性生殖により自切で殖えるか、または単為生殖で殖えると考えられてきた。
そこで研究チームは今回、まず3倍体プラナリアの内、無性生殖のみを行っている個体に、有性個体を餌として与えることにより、はじめは生殖器官がまったくなかった体の中に、精巣・卵巣などの生殖器官を形成し、卵殻を産み仔虫を産生するように転換させた。これを「有性化」という。
有性化した3倍体プラナリアが単為生殖で仔虫を産出した場合、そのゲノムは親のコピーであり、仔虫は同じく3倍体であるはずだ。しかし実際には3倍体だけでなく、2倍体の仔虫も産まれることが過去の研究でわかっている。3倍体から2倍体が産まれたことはゲノムに変化が生じている証しであり、この仔虫は「有性生殖で産まれた可能性」があるという。そこで研究チームは、3倍体プラナリアが「有性生殖をするのか」、「減数分裂するのか」の2点について証明することを目指してさらなる研究を続けたというわけだ。
研究チームは、3倍体プラナリアの個体が産んだ卵殻から生まれた仔虫が、有性生殖により誕生したのか否かを調べるために、「マイクロサテライト遺伝子」が異なる2系統の3倍体プラナリアを用いて、仔虫のゲノムに両親それぞれのゲノムが混在しているか否かを確認する親子鑑定を実施した(画像1)。
マイクロサテライトとは、ゲノム上における数塩基の単位配列の繰り返しからなる反復配列のことをいう。マイクロサテライト座位での多型(繰り返しの回数)は、個体の固有値として利用でき、この配列を利用すると、染色体の個体識別が可能なために、法医学、個人識別や親子鑑定など、現状ではゲノムの多様性に関する多数のアプリケーションに応用されている。
鑑定の結果、生まれてきたすべての仔虫のゲノムに両親それぞれのゲノムが混在していることが確認された。従って、3倍体プラナリアは有性生殖により次世代を産み出すことができることが証明されたというわけだ。
また有性生殖を行うためには、配偶子形成の過程で減数分裂を行い、相同染色体が対合することが必要である。このことを解明するため、続いて減数分裂時の染色体挙動が調べられた。3倍体プラナリアの減数第一分裂前期の染色体像の観察から、雄性生殖系列では減数分裂前に染色体が1セット削減されて2倍体となっているのに対し、雌性生殖系列では減数第一分裂中期まで3倍体が維持されていることが判明。そして「卵母細胞」では一対の相同染色体のみが対合して7組の2価染色体を形成し、残り7本の染色体は1価染色体として観察されたのである(画像2・3)。
以上の成果により、従来の生物学の定説を覆し、3倍体プラナリアが減数分裂を行い、受精によりゲノムの混合を起こす有性生殖をしていることを証明すると共に、雄性と雌性で減数分裂の様式が異なる生物がいることを世界で初めて発見したというわけだ。
雄性生殖系列が作られる際に、「3倍体の体細胞からいつ、どのようにして染色体を削減し、2倍体の細胞になるのか」、また「雌性生殖系列では対合しない7本の1価染色体はどのように減数分裂第二分裂において、片方の細胞にのみ取り込まれるのか」など、この研究により生物学の定説が覆され、新しい謎が浮かび上がってきており、さらなる研究の進展が望まれる形だ。