東京工業大学(東工大)は1月17日、地球のコアに海水の約80倍の量の水素が含まれていることを研究により明らかにしたと発表した。

東工大 地球生命研究所(ELSI)所長の廣瀬敬 教授

同成果は、同大大学院理工学研究科博士課程3年の野村龍一氏と同 地球生命研究所(ELSI)所長の廣瀬敬 教授、同大大学院理工学研究科の上野雄一郎 准教授、京都大学大学院理学研究科の土`山明 教授、同 三宅亮 准教授、高輝度光科学研究センター(JASRI)の上杉健太朗氏、同 大石泰生氏、海洋研究開発機構(JAMSTEC)らによるもの。詳細は、米科学誌「Science」に掲載される予定で、それに先んじて1月16日付(米国時間)で「ScienceXpress」に掲載された。

ELSIは地球の成り立ちから生命の起源を探ることを目的に2012年に設立された研究所。生命の起源については、一般的には生物学者などの視点から検討が行われてきたが、同研究所では、地球がどうやってできたのか、といった視点からその謎に迫ろうというアプローチをとっている。

地球の質量は岩石で構成されるマントルが約7割、順合金で構成される液体コア(外核)が約3割を占めると言われているが、コアの化学組成はこれまでよく分かっておらず、1952年に地球科学者であるフランシス・バーチ博士が外核の密度が鉄ニッケル合金である場合の密度と、観測で得られる密度の差が1割程小さくなることを指摘して以来、約60年にわたって、純鉄以外に何が含まれているのか、ということを巡って論争が繰り広げられてきた。

地球のコアの化学組成は長年の謎となっていた

また、宇宙には揮発性物質が凍って固体になるか、蒸発して気体になるかの境目「スノーライン」があるが、地球はその内側(H2Oは気体になる)にあるにも関わらず、水が蒸発せずに海が存在している、という謎もある。地球の形成時に生じたジャイアントインパクトにより、スノーラインの外側から来た大量のH2Oを含む天体が衝突したことで、海ができたと考えられるが、そう考えた場合、地球の総質量に対する海の割合は0.02%ほどで、かなり少ない値であり、残された水素はどこに行ったのか、という謎があった。

スノーラインの内側にありながらも水が存在する地球。地球を形成した際に大量の水を獲得している必要があるものの、海水の質量は地球全体の0.02%しかない

廣瀬教授は、「この0.02%という比率が地球という星の奇跡を生んだ。海の質量が少ないことにより、海の深さが限られ、陸と海の共存が起き、多様な環境を発生させ、陸地にあるリンやカリウムが海に流れ出し(海水中のリンやカリウムはわずかしかない)、それが生命の誕生や進化に影響を及ぼした可能性があると考えている」とし、もし、海水の量が2倍になったと仮定した場合、地球上から陸地は現在の4000m級の山々より上しか残らないこととなり、陸上生物が果たして存在しえたかどうか怪しいことになるとする。

今回の研究は、こうした謎の解明に向けたもので、マントルの融点を決定し、そこからコアの化学組成を導きだすことを目的に行われた。具体的には、レーザー加熱式ダイアモンドアンビルセルを用いて地球深部と同等の圧力と高温を、マントル最下部層の主要後部であるポストペロフスカイトに発生させ、その融解温度をSPring-8の高輝度X線を利用した高解像度マイクロトモグラフィ(CT)撮像技術を用いることで特定した。

地球深部相当の高温・高圧を地上で実現し、試料を溶融させる手法は同大の研究グループが培ってきたノウハウの1つ

今回は高温・高圧技術にはやぶさの試料分析でも用いられたX線CT撮像を組み合わせることで、試料内部のわずかな溶け始めている部位を発見。その痕跡を調べることで、マントルの融点を決定した

その結果、マントルの溶融温度は従来の研究から見積もられていたよりも600Kほど低い約3600Kと判明。この結果から、マントル最下部層と隣接するコアの最上層部の温度も従来の推定値よりも400K低い3600K以下であることが必要となり(純鉄の場合、融解温度はコア最上部で約4200K)、従来提唱されてきたさまざまな学説の中で(主なものとして硫黄、酸素、水素)それだけの融点降下を実現できるのは水素だけであることが導き出されたのだ。

今回の実験から導き出されたマントルの融点(マントル最下部層の気圧は135万気圧)。従来見積もられていた融点に比べかなり低いことがわかる

一方、宇宙存在度(太陽系の始原物質の元素組成)に基づく地球全体の元素組成を見た場合、シリコンの量はマントルの内部だけでは不足しており、結果としてコアに6重量%程度含まれていると考えられていることから(ミッシングシリコン)、鉄とシリコンを基本に、そこに新たに判明した水素を含ませ、その量を計算した結果、コアには重量にして0.6%、原子数換算では25%の水素が含まれていることが判明したという。

マントルの融点よりもコア最上部が低くないとマントルが溶けてしまうので、それを元に組成を導き出すと、議論の主流となってきた硫黄、酸素、酸素の内、水素だけが融点よりも低く、かつ観測で得られた密度を満たすことができることが判明した

この0.6重量%の水素がコアに入るためには、地球形成期のマグマオーシャン中に、地球全体の1.6重量%ほどの水が必要であり、これは0.02重量%の海水に比べ約80倍に相当することを意味する。ちなみにこの0.6重量%という値は、

H2O+2Fe→2FeH+FeO

の化学反応がマグマオーシャン内部で生じた際の平衡状態となる値であるという。

コアに水素が取り込まれた際のイメージ。コア形成時に、水素を同時に取り込む必要があるが、ジャイアントインパクトによりマグマオーシャン中に鉄の粒が落ちて、そこで化学反応を起こし水素を取り込みつつ沈んでいき、コアに到達したと考えられる。なお、今回の外核の温度決定により、内核の温度も従来よりも低い最低で4200K、最大でも4800K程度になるものと予測されるとしている

この結果について廣瀬教授は「惑星形成時に地球は大量の水を有していたが、その大部分がコアに水素として取り込まれた可能性が高い。これにより地球表層から、ほとんど水がなくなり、地球のダイナミクスが表層に影響を与え、結果として陸地と大気を生み出した」としており、生命の元となったリンやカリウムを地中から水中に運び、そこから生命を生み出す基盤が作りだされた可能性があるという。

なお、今後の研究については、この平衡状態の詳細の決定や、ほんとうにこの化学組成で地震波速度から得られているデータと一致したものが得られるのかといった研究のほか、ほんとうに生物が生み出されるのか、といった点を進めていきたいとしている。

大量の水素がコアに取り込まれたことにより、地球表層に残されたわずかな水が海と陸地を作り、そして生み出された大気との組み合わせにより生命の起源となる仕組みが作りだされた可能性が示されたという