海洋研究開発機構(JAMSTEC)は9月3日、沖縄トラフに人工的に作られた深海底熱水噴出孔(人工熱水噴出孔)において熱水と周辺海水の電気化学的な現場測定を実施し、その結果から、熱水と海水を燃料にできる燃料電池(熱水-海水燃料電池)を開発、人工熱水噴出孔に設置し、深海底での実発電に成功したと発表した。

同成果は、JAMSTEC海底資源研究プロジェクトの山本正浩研究員と理化学研究所・環境資源科学研究センターの中村龍平チームリーダーらによるもの。詳細は独化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」オンライン版に掲載された。

現在、化石燃料や原子力に頼らない発電技術としてさまざまなものが考案、開発されているが、その中の1つとして、海洋のさまざまなエネルギーを電力に変換することが、海に囲まれた日本では期待されている。また、そうした技術は、海洋資源の探査や開発を行ううえでも重要と位置づけられている。そのような海洋エネルギーの1つとして、海底の熱水噴出孔の応用が考えられ、これまでにも噴出する熱水と海水の温度差を利用した発電の研究が行われてきた。しかし、そうした熱水に多く含まれる電子を放出しやすい物質(還元的な物質)と、その周囲にある電子を受け取りやすい物質(酸化的な物質)を多く含む海水の電子の移動を人工的に促進し、電力を取り出そうという考えは、理論的には考えられていたものの、実際にそうした電気化学的な発電を深海で試みた例も、その基礎となる電気的な解析も深海熱水を対象に行われた例はほとんどなかった。

そこで研究グループは、2010年の統合国際深海掘削プログラム(IODP)の活動で、沖縄トラフの伊平屋北フィールドで行われた海底掘削研究で作られた人工熱水噴出孔の1つを使って、発電に関する実験と観測を実施。

沖縄トラフ伊平屋北フィールドの深海熱水噴出孔の写真。中央に見えるのがチムニー(煙突)と呼ばれる構造物で熱水の成分が沈殿して形成される。多くの場合は硫化鉱物が主成分となる。チムニーの先端辺りに熱水噴出を示すゆらぎを観察できる。周囲にはゴカイやエビなどの動物が繁殖している

実際に海底に電気化学的な測定を行える装置を持ち込み、熱水や海水が持つ電気的な特徴の調査を行ったところ、熱水と周辺海水の間には約520mVの電位差があることが確認されたほか、熱水中では水素や硫化水素などの還元的な物質から電子が電極に流れ、海水中では電極から酸素や酸化鉄などの酸化的な物質に電子が流れる様子を観測することに成功したという。

人工熱水噴出孔は海底掘削によって人工的に作られた熱水噴出孔のこと。海底下の熱水溜まりまで穴を掘り、ステンレス製のケーシングパイプで海底面まで熱水の通路を作る。常にガイドベースと呼ばれる安定した土台の中央から熱水が噴出するため、天然の熱水噴出孔と比べて、無人探査機の噴出孔への接近や熱水の観測が容易になるという特徴がある

この結果を受けて、今回、その一連の電子の流れから電力を取り出す装置(熱水-海水燃料電池)を開発、改めて人工熱水噴出孔に設置して動作試験を行った。同電池は、電動機器(今回はLEDライト)を熱水側の電極と海水側の電極の間に電線でつなぐだけのシンプルな構造の燃料電池で、深海での発電によって消費電力が21mWのLEDライトを点灯させることに成功したという。

今回使用した熱水-海水燃料電池の構成概念図。熱水側電極とLEDライトと海水側電極を電線で連結しただけの単純な構造となっている。熱水側電極には直径3cm×長さ40cmのチタンパイプの内部にイリジウムを塗布したチタン網が配されており、海水側電極は白金を塗布した50cm×50cmのチタン網を採用している。熱水側電極では主に硫化水素(H2S)が酸化され電子が電極に流れ込む反応が進行する。海水側電極では主に酸素(O2)が電極から電子を受け取り還元される反応が進行すると考えられるという

研究グループの試算では、この熱水噴出孔が持つ化学エネルギーの潜在能力は2.6kWとのことで、電極の大きさ・構造・素材などを工夫することで、大きな電力を取り出す事が可能になると考えられるとしているほか、熱水噴出孔に自然に沈殿する硫化鉱物が電極に付着した場合にも燃料となって消費され溶解することや、硫化鉱物自体が電極として機能できることが実験的に確かめられたことから、熱水-海水燃料電池の電極が硫化鉱物などで覆われにくく、仮に硫化鉱物で覆われた場合にも高い発電能力を維持できることも予想される結果を得たとのことで、熱水-海水燃料電池が幅広い範囲で応用可能であることが示されたと説明している。

熱水-海水燃料電池の実際の海底における写真。Aは同電池の全体写真。ただし電極(海水側)は写真左側にあり見切れて。Bは、 LEDライトを別カメラで正面から撮影したもの。3個の赤色のLEDが点灯しているのが分かる。そしてCは、 電極(熱水側)周辺の拡大写真。電極(熱水側)のチタンパイプの先端側に人工熱水孔とそこから噴き出す熱水が見える。チタンパイプの反対側には緑色の取手が付いていて、その取手を無人探査機のロボットアームがつかんでいる

なお、研究グループでは、熱水噴出孔周辺は硫化水素が多く含まれるため装置の腐食が進行しやすい環境だが、同電池ではそうした腐食を抑制できる可能性があることを実際に確かめるため、長期的な運転の観察を行うことで、実際の耐久性を調査する必要があるとするほか、熱水と海水の温度差や熱水噴出の流勢など利用した発電と同電池による発電を組み合わせることで、熱水噴出口から最大限の電力を取り出すことが可能になると考えられることから、将来的に海底に電力供給システムを作ることで、深海での研究や開発に貢献することが期待されるようになるとコメントしている。