宇宙航空研究開発機構(JAXA)とNTTは8月7日、NTTが開発中の光ファイバを活用した「電気光学プローブ(EOプローブ)」を応用し、小惑星探査機「はやぶさ」などに搭載されているマイクロ波放電式イオンエンジン内部のプラズマ中のマイクロ波電界計測に成功したと発表した。

従来、電磁波の測定には金属プローブが用いられてきたが、金属であるため、測定対象から放射された電磁波を散乱し、測定目的の電磁波を正確に捉えられない、という課題があり、NTTでは、その解決に向け、光ファイバを用いたEOプローブの開発を行ってきた。

一方、JAXAではイオンエンジンの推進性能向上などを実現することを目的とした、エンジン作動中のプラズマ中におけるマイクロ波電界の分布を測定する技術を模索していたが、金属プローブでは先述の問題のほか、大型なため、精密測定ができず、正確な測定の実現が困難となっていた。

今回の共同研究は、光ファイバを活用したEOプローブの低擾乱性や高空間分解能に注目する形で、イオンエンジン内のマイクロ波電界の計測に向けて進められてきたもので、必要とされる感度安定性、耐磁界性、および耐熱性の高い光ファイバを活用したEOプローブを開発することで、各種の課題を解決し、イオンエンジン内のマイクロ波電界測定に成功したという。

EOプローブの概要。EOプローブは電界中に置かれたEO結晶の屈折率が変化する物理現象(ポッケルス効果)を利用したもので、電磁波が照射されるとポッケルス効果により結晶の屈折率が 変化して結晶内を伝搬する光の位相が変化。その位相変化から計算して電磁波の電界を測定する。また、光ファイバは光を結晶まで伝搬するために用いられる

具体的には、マイクロ波発生器の出力変動以下で安定に計測するため、光ファイバ内で発生する共振を低減するための低コヒーレンス光を導入することで、従来16%であった測定感度の変動量を10%以下に低減することに成功したほか、強磁界領域で使用するため、磁界耐性の低い素子(FR)を先端部より撤去して耐磁界性を向上した。これにより従来は0.1Tであった耐磁界性を0.8T以上に向上させることに成功したほか、高温プラズマ内でEOプローブを使用するために、2重ガラス細管構造による水冷システムを採用しつつ、計測部分を直径3mmに収めることで、イオンエンジンに追加の孔を開けずに、イオン加速孔を介して内部に導入することを可能にしたという。

EOプローブの性能向上によりイオンエンジン内部の測定を実現

これらの技術を活用して、高電圧を加えて推進力の源であるプラズマジェットを噴射したままの状態で、EOプローブを掃引し、イオンエンジン内部のマイクロ波電界分布を綿密に計測したところ、マイクロ波が伝搬できなくなるマイクロ波カットオフ現象を緩和することで、イオンエンジンの性能をさらに向上できることが判明したという。

イオンエンジン内のプラズマ電界計測システム。イオンエンジン内の強磁界領域で使用するため耐磁界性の低いFRを先端から離して配置することによりEOプローブ全体の耐磁界性を向上。冷却水を循環させたガラス管内へEOプローブを封入することによりプラズマを加速させた状態でEOプローブの温度を25℃に維持。ガラス管へ封入したEOプローブをグリッド面からプラズマ加速状態のイオンエンジン内へ挿入することで、マイクロ波帯プラズマ電界の分布を測定した

この結果から今後も、マイクロ波放電式イオンエンジンの研究・開発を推し進めることで、性能を向上させ、イオンエンジンを使用する小惑星探査機がより遠くの惑星への到達することが可能となったり、人工衛星などの宇宙機の長寿命化、等の実現が期待できるとJAXAでは説明するほか、NTTでは、EOプローブは、光学素子の煩雑な調整作業による取扱い性の課題やEO結晶や光ファイバの固定に用いられる接着剤の長期信頼性の課題が懸念されていることから、そうした課題を解決に向けた新たなプローブ構造の導入に向けた研究を行っていくとしている。

EOプローブを走査することによりイオンエンジン内のマイクロ波帯プラズマ電界の分布を測定したもの。測定した電界分布から放電室よりガス供給することでマイクロ波カットオフが低減、かつ放電室側へシフトすることが確認され、これにより推進力を向上できることが可能であることが示された