長崎大学は7月16日、同大学病院が同月12日に、協力体制にある東京女子医科大学(TWMU)で作製した細胞シートを空輸し、早期食道がん患者(50代、男性、長崎市在住)に移植する再生医療を実施したと発表した。

今回の手術では、同病院で患者の口の粘膜から採取した細胞片をTWMUへ空輸後、TWMUの細胞培養施設「セル プロセシング センター(CPC)」で約2週間かけて細胞シートを作製。その培養した細胞シートを再び長崎大病院に輸送して、この患者に移植した(画像1)。

画像1。今回の細胞シート作製から移植までの流れ

成果は、長崎大病院第二外科の江口晋教授らの研究チームによるものだ。研究代表者である江口教授は16日に開いた記者会見で、「これまで細胞シートを用いた食道がんの治療はTMWUでも行われていたわけだが、東京から遠く離れた長崎の地で患者に同じような先端の治療を提供できた意義は大きい」とコメントしている。

2009年11月、長崎大は国の再生医療研究分野のスーパー特区(先端医療開発特区)の指定を受け、TWMUを初め、早稲田大学などと共同で再生医療研究に取り組み始めた。TWMUは細胞シート作製に関する特許を多く取得しており、患者の細胞を培養して1枚のシートにする技術を開発済みだ。スーパー特区の研究終了後も、細胞シート研究で長崎大とTWMUの協力関係は続いており、今回もTWMUによって開発された技術を駆使して培養した細胞をシートが使用された。この技術では、身体のどの部位の細胞からも作製することができ、ES/iPS細胞を含むすべての細胞でも応用できる可能性があるというものであるという。

なお、日本国内には細胞培養施設であるCPCを有する大学病院や民間の企業などは、実は意外と数多く存在する。しかし、この施設のランニングコストは年間2000~3000万円。TMWUの大和雅之教授によれば、「各施設が独自で稼働させるには現実的に厳しい」というのが現状であり、それを踏まえ、TMWUはほかの医療施設に細胞シートを提供するプラットホームのような存在になることを目指しているとした。今回の試みについて大和教授は「遠く離れた地域でも細胞シートを使った医療ができるようになるシステムを構築する第1歩」と評価している。

また長崎大病院の早期食道がん患者に対する手術は、患者の負担を軽くすることを目的に「ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)」という食道壁を薄くはぎ取る内視鏡の術式が採用された。しかし手術後に食道が狭くなり(食道狭窄)、食物が通過しにくくなることがあったのである。

TMWUの研究などにより、食道粘膜の切除面に細胞シートを移植すると狭窄の予防にもつながることがわかったことから、今回の移植手術が行われる運びとなった。今回の手術は消化器内科と光学医療診療部が担当。直径約1cmの細胞シート6枚が、切除した部分に貼り付けられた。患部に生着した細胞シートが粘膜部分で増殖して再生することが期待されている。

今回の移植に関しては長崎大とTMWUの連携だけでなく、長崎大病院内でも消化器内科、光学医療診療部、顎・口腔再生外科、細胞療法部、移植・消化器外科と複数の診療科が連携して取り組んだ点が特徴だという。江口教授は「本院では多くの診療科が手を携えて、再生医療に取り組んでいます。これからも横断的に取り組んでいきたい」としている。

2009年、長崎大病院の各診療科の医師らが「長崎障害者支援再生医療研究会」を立ち上げ、これまでに再生医療に関する勉強会や情報交換に取り組んできた。河野茂病院長は「大学病院に期待される医療として高度医療や先進医療があります。今回、本院として新たなスタートラインに立ったと思います」とコメントしている。