産業技術総合研究所(産総研)と住友化学は5月16日、夏季と冬季で太陽光を自動調節する省エネ調光シートを開発した発表した。

同成果は、産総研 サステナブルマテリアル研究部門 環境応答機能薄膜研究グループ 吉村和記研究グループ長と、住友化学 基礎化学品研究所を中心とする研究グループらによるもの。詳細は、5月22日~24日にパシフィコ横浜(神奈川県横浜市)で開催される「自動車技術展:人とくるまのテクノロジー展2013」の住友化学ブースにて紹介される。

自動調光シートの構造と機能。自動調光シートは、凹凸の関係にある透明シートを2枚合わせた構造を持ち、窓ガラスにこのシートを貼り付けると、景色に対しては常に透明にもかかわらず、高度の高い夏の太陽光は遮蔽し、高度の低い冬の太陽光は透過するという変化が自然に起こる

産総研では、家庭や職場でのエネルギー利用による二酸化炭素(CO2)の排出量削減に役立つ材料として、「省資源型環境改善建築部材の開発」に取り組んでいる。家庭や職場でのエネルギー消費の中で、冷暖房の占める割合は約30%に達するが、その冷暖房によるエネルギー消費量に大きな影響を与える部材が窓という。窓の目的は光を取り入れることにあるが、通常の窓ガラスでは可視光以外に熱も透過させるので建物の断熱性を低下させる要因となっている。このため、窓の断熱性を高めるだけでも大きな省エネルギー効果があり、最近では、断熱性の高い複層ガラスやlow-Eガラス(エコガラス)の普及が進んできている。さらに、断熱に加え、日射を効果的に遮ることでさらに省エネルギー効果を高めるために、ガラスそのものが光や熱の出入りを制御できる調光ガラスが注目を集めている。

しかし、調光ガラスを実現するには、夏季は日射をできるだけ遮って冷房負荷を下げ、窓としては外の景色からくる光は透過させるという、相反する条件を満たすことが求められる。このため、可視光は通すが近赤外光は反射する低放射率ガラスや、遮蔽状態と透過状態をスイッチングできるエレクトロクロミック窓などが、省エネルギー用の調光ガラスとして実用化されている。

一方、太陽光の窓への入射角は季節によって変化し、夏季には、大きな入射角で入射する。大きな入射角の光だけを遮ることができれば、景色からくる光は取り入れつつ、直達日射を遮蔽することが可能になると思われるが、そのような調光を行うガラスやシートはこれまで実現していなかった。

産総研では、透明体の界面での全反射現象を用いることで、太陽光の入射角の違いで調光できるガラスが実現できると考え、太陽光の反射・透過を解析する専用のレイトレーシングプログラムを開発して構造の最適化を行い、景色からくる光はできるだけ透過させつつ、夏季の直達日射をできるだけ遮ることのできる調光シートの構造を見いだした。

この構造を持った調光シートを実用化するには、実際の透明シートをどのように加工するかが問題になるため、加工技術に強みを持つ住友化学で開発を行い、プロトタイプの全反射調光シートの作製に成功した。

今回開発した全反射調光シートは図1のように、表面と裏面が平行でない透明体を用いている。例えば、透明体としてアクリル(屈折率n=1.49)を用い、裏面の傾きを7度にし、60度よりも大きい入射角で空気側から表面に入射すると、透明体内で屈折した光は裏面に臨界角よりも大きな角度で入射することになり、全反射が起こる。ただ、このように断面が平行でない透明シートを窓に用いると、景色からの光が屈折されることで景色が浮き上がって見えてしまう。そこで同じ傾きを持ったシートを上下反転させて合わせることで、透過する光の屈折が打ち消し合って、1枚の透明なガラスと同じように景色が見えるようにしてある。このシート間の微小な空気層は、2枚のシートを合わせるだけで自然に形成される。

図1 全反射調光シートの基本構造

図1のような構造の透明体に対して、光の透過がどうなるかを、レイトレーシングプログラムによって調べた結果、上下方向に対する入射角がそれぞれ、0度、30度、60度の場合、図2のような光の透過特性となった。入射角が60度より小さい場合には、入射した光は同じ角度で出ていき、透明ガラスと同様に外の景色を見ることができる。しかし、上下方向に対する入射角が60度を超えるとシート間で全反射が起き、すべての光は底面に集まり透過しない。従って、このシートを用いるとプロファイル角によって自動で太陽光の透過を制御できる。

図2 全反射調光シート(1段)の光の透過特性

図3は、真南に面した窓に対する太陽光のプロファイル角が、季節によってどのように変化するかを示している。冬季(秋分の日から春分の日まで)は、プロファイル角は、朝と夕方がゼロに近く、正午に一番大きくなる。これに対して、夏季(春分の日から秋分の日まで)は、朝と夕方が90度に近く、正午に一番小さくなる。図2に示したような構造の全反射調光シートを真南に面した窓に貼り付けると、正午には、夏季は直達日射が室内に全く入射せず、冬季はすべて透過するという、完全な季間調光特性を示す。しかも、景色からくる光は常に透過するので、夏季も外の景色を見ることができる。また、この調光は完全に自動で行われる。

図3 南向きの窓に対するプロファイル角の変化(名古屋(北緯35.1度)の場合)。夏季の朝と夕方は、太陽は北側にあり、南面には陽が当たらない

ただし、図2のような構造のシートを、そのまま窓ガラスに用いることはできない。シートの大きさを1mにすると、その厚みが10cm程度になってしまうからである。しかし、断面が図1の形状と相似であれば、光の透過の入射角依存性は変わらないので、図4のように、上下方の長さを短くして積み重ねることで同様の全反射特性を持つ多段の調光シートができる。1段の長さを10cmにすると幅は1cm、1段の長さが1cmであれば、その幅は1mmで済むため、このような調光シートを窓ガラスに貼り付ければ良いことになる。各段をつないでいる下側の傾きを42度以下にすると、水平方向の光がそのまま透過するため、景色は透明ガラスのように見える。

図4 多段の全反射調光シートの構造と全反射調光ガラス(4段)の光の透過特性

このような、多段の全反射調光シートの光の透過特性を調べると、1段の調光シートの場合と同様、入射角が60度より小さい場合には、入射した光は同じ角度で出ていく。一方、入射角が60度を超えると、全反射が起こるが、1段の場合と異なり、光は完全には遮蔽されないものの、約75%の光が遮蔽されることが分かった。透明アクリルでこのような構造の模型を作製した例が図5で、太陽光の入射角が60度を超えると、影ができることが分かる。

図5 全反射調光シートのアクリル模型。透明にもかかわらず、光の入射角が60度を超えると相当量の光を遮蔽するため影ができる。

太陽光透過特性はすべて直達日射に対するものなので、実環境では、直達日射に加えて間接日射も考慮しなければならない。そこで、全反射調光シートによって、実際にどの程度の日射遮蔽能力が得られるか、フィールドテストを行った。

図6は、アクリルで1段と4段の全反射調光シート(1辺の長さ12cm)を作製し、真南に面した窓に取り付け、太陽光の透過日射量の時間変化を測定した結果。測定日は9月で、夏季の調光シートの性能となっている。1段の全反射調光シートでは、直達日射はほぼ完全に遮蔽され、間接日射だけを透過していた。これらの強度を積分して、1日で透過した全日射量を南面に到達している全鉛直日射量で割って求めた太陽光透過率は、1段の調光シートで23%、4段の場合は38%だった。4段の全反射調光シートの冬季の太陽光透過率は80%だったので、この4段の全反射調光シートにより、太陽エネルギーの透過を40%程度、自動で遮光できることが分かった。

図6 実際に計測した全反射調光ガラスの太陽光透過。

今回試作した全反射調光シートのプロトタイプの調光特性を測定したところ、このシートが、春分を境に自動調光作用を示す結果が得られた。理論的に予想される調光レベルには達していないが、このような構造を持つ調光シートが実現可能であることを初めて実証した。全反射調光シートを実用化するためには、ある程度細かいピッチで図4のような構造を精密に加工し、しかもそれを効率よく実現する必要がある。現在、精密加工された金型を用いて、溶融した熱可塑性樹脂を連続的に賦形して効率的に製造する方法の検討を進めている。今後、より高い遮蔽性能が出せるように、住友化学で、作製法の改良を加えるとともに、実際の窓ガラスに実装する方法も含めて検討し、2~3年以内の実用化を目指すとコメントしている。