石川県金沢市が主催するデジタルメディアイベント「eAT KANAZAWA 2013」(イート・カナザワ、以下eAT)が、今年も錚々たるゲストと多数の参加者を迎えて1月25日、26日の2日間にわたり開催された。このレポートでは、同イベントの2日目午後に行われた、6つのテーマについて各分野のプロフェッショナルが語るセミナーの様子をお伝えする。

【レポート】クリエイティブの力を伝えるイベント「eAT KANAZAWA 2013」密着レポート【1】
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Super Lecture 5「B+特撮 オドロキとナルホド それでも私が特撮から離れられない理由」

まるでTEDのステージパフォーマンスのようにインカムを着けてさっそうと現れたのは、特技監督・映画監督・映像作家・装幀家の顔を持つ樋口真嗣氏。 テーマは「B+特撮_オドロキとナルホド それでも私が特撮から離れられない理由」だ。特撮好きにはもう説明不要の樋口氏ではあるが、近況でいえば野村萬斎主演の映画『のぼうの城』監督、また2012年夏に東京都美術館で行われた「特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」副館長も務めた人物だ。

樋口氏のeAT登壇は2回目で、ガメラ映画が立て続けに公開されていた90年代後半の活躍が評価され、eAT'99で第1回名人賞を受賞した際に参加している。同氏は、「あの頃は、デジタルに向かっていくとユートピアが待っているみたいな時代だった」と当時を振り返る。それまではアナログ技術で行われていた特撮が、今で言うところでCGに徐々に移り変わり始めた頃だった。やがて、その後10年の間に特撮はほぼなくなってしまい、世の中の映画もフィルムではなくなった。今回、樋口氏が語る「B+」の内容は、なくなりかけている特撮を振り返ることで、時代の流れやビジネス的側面だけで片付けてはほしくない、特撮映画という娯楽に魅了された男の想いが語られた。

樋口氏が特撮に魅了されたのは、子どもの頃に読んだ、少年マガジンに載っていたゴジラ対ヘドラの撮影現場の様子の記事だったという。他の子どもたちと同じように怪獣映画が好きだった樋口氏は、その「ぶっつけ本番大火災!」という見出しが付けられた記事に興奮した。ガスタンクをどうやって爆発させているのか。街を破壊するシーンはどうやって撮影しているのかなど、今では誌面に載せられないだろう現場の生々しい出来事が詳らかにそこには載っていた。これが大きな興味となり、この時受けた刺激が、今ある人生の起点になったという。

日本における特撮映画の歴史は、昭和29年に東宝が公開した特撮怪獣映画『ゴジラ』にさかのぼる。戦争が終わって間もない、まだ戦争の記憶が残っている時代に作られた映画だが、その特撮技術は、戦時中にその様子を再現する映画制作で進歩してきたものだった。戦争が終わり、使われることがなくなっていたその特撮技術は、新たな行き場所を見つける。当時アメリカでも流行っていた怪獣映画を日本でもやってみようということから活用が始まり大ヒットを博し、さまざまな怪獣映画が作られた。

怪獣映画は、当時はお金のかかった映画の部類だったそうだ。しかし、ひとつ言えるのは、東宝という撮影所のシステムの中で作られていたがゆえ、費用がかかっていた面も大きい。今とはまったく違う作り方で、撮影所の全スタッフ、全役者は社員として給与をもらっていた。このインフラをどうやって活用するのかが、会社として怪獣映画を制作した理由でもあったという。

のちに、映画の世界がだんだん斜陽化し、撮影所にそれほど人間を抱えるだけの余裕がなくなってきた。そうなると外部スタッフを使って特撮映画の制作を行う流れとなるのだが、今度はわざわざ特撮用のセットを作る必要があるのか?ということになっていってしまった。特撮は好きだけれど作れない現実だ。

一方で、今となっては二度と作れないだろう特撮用のセットは、このCG全盛の映像業界において、ある意味とても貴重なもの。しかし、その保存にはお金も場所も必要となる。失われつつある特撮をなんとかしたい。その想いに光明が差したのが、東京都現代美術館における昨年夏の「特撮博物館」だった。スタジオジブリが毎年この時期に任されている展覧会のテーマとして、特撮が選ばれたのだ。

結果として、「特撮博物館」は、東京都現代美術館における展覧会のなかで、歴代3番目となる動員数となる、29万人以上の人出を記録。2013年には全国巡業も始まる。そして、この展覧会で、なぜわざわざミニチュアを今の時代に作る意義を説明するために、『風の谷のナウシカ』に出てくる巨神兵を題材に、『巨神兵東京に現る』という短編の特撮映画を制作した。予算は少なかったが、3DCGに頼らず、創意と工夫と発明をもって人を魅了できる特撮映像が作られた。

現代の映画ビジネスにおいて、特撮映画の成立はますます難しくなっているのは事実だ。しかし、特撮で育ったファンがまだまだたくさん日本にいることも証明された。娯楽産業が文化として長く引き継がれていくために必要なことは、樋口氏のような人物の存在であるのは間違いない。

(取材:Mac Fan/小林正明、岡謙治)