東京工業大学(東工大)は1月15日、機能性有機分子の合成に有用な鍵中間体である「オキサトリメチレンメタン」を、熱を使わずに光反応だけで発生させることに成功したと発表した。

同成果は同大大学院理工学研究科の鈴木寛治教授らによるもので、詳細は独国化学誌「Angewandte Chemie International Edition」に速報として掲載されたほか、同誌の編集委員会によりHot Paperに選定された。

ヘテロ元素(炭素と水素以外の元素)を有する環状化合物は、機能材料の出発原料として重要であり、その炭素骨格構築法の開発は、有機合成化学の重要な課題となっている。中でも環化付加反応に利用できるオキサトリメチレンメタン種(反応活性種)は、1970年代の野依良治 教授(2001年にノーベル化学賞を受賞。現 理化学研究所理事長)と村井眞二 教授(現 奈良先端科学技術大学院大学副学長)の共同研究をきっかけに、現在までに有機金属錯体触媒を用いた反応開発として盛んに進められてきた。しかし、アセトンのような単純な化合物から直截的に活性種を発生させることは難しく、プロセス的に優れた合成手法の開発が求められていた。

今回の研究では、金属(ルテニウム)を水素で結合した集合体「ルテニウムヒドリドクラスター(二核ルテニウムテトラヒドリド錯体)」を独自に開発、これとアセトン類(2-アルカノン)の混合溶液に、365nmの紫外光を照射することで光反応により、ほぼ定量的にトリメチレンメタン種を得ることに成功した。

ルテニウムクラスターの光反応により、直截的なオキサトリメチレンメタン種の発生が可能となった

従来の金属錯体触媒を用いる方法では、アセトンを一度、化学修飾して反応性を向上させる必要があったが、今回の光反応では、アセトンの炭素-水素結合が活性化される形で、ダイレクトにトリメチレンメタン種を発生させることが可能だ。

今回の研究の概要

また、この反応は熱では進行せず、光照射によってのみ実現可能であり、その反応メカニズムは、光照射によって発生する高活性な励起状態のクラスターがアセトンの炭素-水素結合を活性化・切断し、トリメチレンメタン種が発生するものと考えられるという。

ルテニウムクラスターは、1つの錯体の中に2つ以上の金属が共存することで、反応する有機分子を強固に捕らえ、活性化できる点にある。今回の成果により、今後は、今回のクラスターをはじめ、1つの錯体の中で複数の金属が相乗し、新しい機能を生み出す複核錯体触媒が、単核錯体触媒では未達成だった付加価値の高い有機合成反応の実現に貢献するものと期待されると研究グループはコメントしているほか、ルテニウムクラスターは、371および490nm(可視領域)付近に吸収帯を持っており、今回の反応は可視光の照射でも進行することが明らかとなっていることから、太陽光を利用した有機合成中間体の製造プロセスへの応用も期待できるとしている。

なお、遷移金属ポリヒドリドクラスター(複数の遷移金属が金属-金属および金属-水素結合で結び付けられた集合体)の反応化学に関するこれまでの研究はすべて熱反応であり、光励起状態の性質を利用する研究は、今回の成果が初めてであり、光反応の利用により、クラスターの反応化学の新局面が開かれたと言えることから、研究グループでは今後、今回の成果を発展させて有機合成への応用を図るほか、太陽光を用いた遷移金属ヒドリドクラスター触媒による二酸化炭素などの小分子の資源化などを行っていく予定としている。