東北大学は1月9日、独自に化学合成した「有限長カーボンナノチューブ(CNT)」に、化学修飾した「フラーレン」を詰め込むことで、世界最小・最軽量で分子サイズの「CNTベアリング」の開発に成功し、さらに1023(1000垓(がい))個のモル数レベルでの大量生産も同時に実現したと発表した。

成果は、東北大大学院 理学研究科化学専攻の磯部寛之 教授、同・一杉俊平 助教、同・博士前期課程学生の山﨑孝史氏、東北大理学部 化学科卒業研究生の飯塚亮介氏らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、1月9日付けで英国王立化学会が発行する機関誌「Chemical Science」に掲載された。

2000年の米国元大統領のクリントン氏の一般教書演説にも大きな影響を与えた1959年の物理学者リチャード・ファインマンが行った演説では、ナノテクノロジーに関する将来像が語られた。その中に夢の技術の1つとして登場するのが、「無摩擦ナノベアリング」である。ベアリングをナノサイズまで小さくすることで、潤滑油が必要なくなるだろうというものだ。

実際にこのような分子ベアリングを実現することができれば、軸回転によるエネルギー損失を限りなく小さくすることができ、現存するさまざまな機械などのエネルギーロスを革新的なまでに減らすことができることが期待される。

1991年に飯島澄男教授によってCNTが発見され、2000年には米国物理学者らによって多層CNTによる直線型ベアリング(非回転型)が実現し、さらにそこにはほとんど摩擦が生じないという報告がなされた。こうした発見により、ファインマンが語った夢のナノテクノロジーの実現への期待が高まったのである。しかし、それから10余年を経た現在でも、ナノテクノロジーはサイエンスの域を超えられていない。実際のところ、これまで発見された現象は「単一分子の観察」という最先端の観察・計測手法を駆使した結果もたらされた発見であり、分子1個の世界でのみ動作が確認できるものだったのである。

さらに加えて、CNTはさまざまな構造を持つ分子の混ざりものであり、実は1つの定型分子構造を持つ「分子性物質」としては取り扱いできない。このため、精巧な構造が要求される「CNTベアリング」は、分子1個を観察することでは見つけられるものの、実際に製品として現実社会で利用できるほどの量を設計したり、製造することは不可能だったのである。

しかし研究グループが今回開発したCNTベアリングは、単に分子ベアリングを実現したというだけでなく、ボトムアップ化学合成により精密構造設計と量産を共に実現したことが大きい。分子1個の世界から、モル量という分子1023乗(1000垓)個の大量生産の世界にまで引き上げたのである。

CNTベアリングの作り方は、回転子のフラーレンをベアリングの有限長CNTと混ぜ合わせるだけでよく、有限長CNT内にフラーレンが自発的にはめ込まれる仕組みだ(画像1・2)。なおかつ、フラーレンが有限長CNTから回転中に外れることのない強固さも保持されている。

CNTベアリングの中でフラーレンが軸回転していることは、スペクトル分析により確認済みだ。有限の長さのCNTの中で、フラーレンがまるでナノメートルサイズのコマのように回転していることがわかったのである。

画像1。CNTベアリングを横から見た静止図。外側の有限長CNTのベアリング(赤)の中に、軸(青)が付いたフラーレンの回転子(灰)が取り込まれている

画像2。CNTベアリングを上から見た連続図。中の軸付き回転子が軸を中心にして異方性を持ち軸回転している。あたかもナノメートルサイズのコマが、枠の中で回転しているような運動となる

もちろん、CNTベアリング1個の話ではなく、前述したように1000垓個という莫大な量のCNTベアリングが同程度の回転速度で回ることも確認された。さらには、その回転速度を温度によって制御できることも示唆されているという。量産型ナノテクノロジーがもたらされることを期待させる成果となったというわけだ。

なお、磯部教授に確認したところ、CNTベアリングは自動車をはじめとする我々が普段使用しているさまざまな機械で使用されているベアリングに置き換わる技術ではないという。

シーズとしてこの摩擦が極端に少ないナノの世界の技術を開発することができたので、どこに活用していくのかニーズを考える段階に至ったというわけだ。今後、他分野の研究者とも協力し、活用の仕方なども探っていくとしている。