Windows OSのエクスプローラーやOS XのFinder(ファインダ)など、コンピューター上でファイルやフォルダーを扱う際に欠かせないのが、ファイラー=ファイルマネージャーの存在。今後、コンピューターの使用スタイルが多様化することで、ファイルやフォルダーを意識する必要がなくなる可能性はありますが、温故知新の意味を込めて、古今東西の古いファイラーや最新OSのファイラーまで広く紹介します。今回は「FD」を取り上げましょう。

世界のファイラーから - 海外のDOS時代を支えたファイラー「Norton Commander」

DOS環境に欠かせない存在だった「FD」

DOS環境でGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)操作を実現するために存在するファイラーですが、そのファイラーを語る上で必ずその名前を思い出させるのが、出射厚(A.Idei)氏の「FD(エフディ)」です。当時IBM/MS-DOSをインストールしたコンピューターに、必ずと言ってよいほど入っていたツールの一つでした。付属ドキュメントによる同氏の解説によると、開発に着手したのは1989年2月。DOS上でBASIC(ベーシック)を実行する統合開発環境「QuickBASIC」でひな形を作成したそうです。

当時はすでに市販ソフトである「エコロジー」や同様のファイラーが存在しましたが、操作性や動作スピードに疑問を感じていた同氏は、当時主流だったNECのPC-9801シリーズ向けとして、「DIRM」という簡易的なファイラーを作成したとのこと。もちろん詳しくは後述する「FD」の機能には遠く及ばず、実装した機能も最小限。QuickBASICはコンパイル機能を備えていましたが、それでも処理スピードに不満を覚えた同氏は代表的な低水準言語であるアセンブリで開発を始めました。これが「FD」の始まります(図01)。

図01 日本のDOS環境を大きく変えた出射厚氏の「FD」

二週間程度で基本部分は完成し、そこから各種コマンドの追加が行われました。そして同年5月30日には、バージョン1.04を付けた正式版を、当時のパソコン通信サービス「NIFTY-Server(ニフティーサーブ)」で公開しました。同氏の開発ポリシーとして特徴的だったのが、"コンパクトで使いやすいツールを目標に操作や機能を選択"している点です。前述のとおり動作スピードを最優先に開発された「FD」は、当時のコンピューターで遜色なく動作し、ユーザーのストレスになるような部分は皆無でした。

ここで注目しておきたいのが、そのシンプルなソフトウェア名。スマートフォンなどではなく、キーボード付きコンピューターで本稿をご覧になっている方は、手元のキーボードをご覧ください。[F]キーの左側には[D]キーがあることにお気付きでしょう。DOS時代はキー入力を減らすことが操作性の向上につながりましたが、左手で[F]キー→[D]キーと押し、右手で[Enter]キー(当時は[Return]キーでした)を押せば、ほぼ即時に起動。

そもそもUNIX文化でも、ファイルやディレクトリ(フォルダー)のコピーを行う「cp」コマンドは「copy」を省略したものであり、ファイルなどを削除する「rm」も「remove」が元になっています。こちらも打鍵数を減らし、端末から操作する際の入力遅延を軽減するためのアイディアでした。「FD」は「File & Directory Tool」の略称ですが、キーボードレイアウト的にも簡単に起動できるソフトウェア名は秀逸以外の言葉が浮かびません。

「FD」は自身の肥大化を避けるため、ファイルのコピーや移動、削除、ディレクトリの作成や削除といった基本的な機能にとどまり、圧縮ファイルの展開は外部の圧縮展開ツールを参照する仕組みになっていました。しかし、多くのユーザーが愛用した思われるのが、ディレクトリの書き込み機能。当時のDOSが使用するファイルシステムのFATには、各種ファイルの情報を格納するディレクトリエントリが用意されており、同機能は特定の条件で並び替えた状態をディレクトリエントリに書き込むというものです。他のソフトウェアを使用する際に、バラバラになったディレクトリエントリを目にすることなく、筆者は何かあると同機能で当時の環境を整理していました(図02~03)。

図02 ソートした内容をディレクトリエントリに書き込むことが可能でした

図03 特定の拡張子を持つファイルに対しての動作は、「FD.CFG」というテキストファイルで設定可能でした

前述のとおり「FD」はパソコン通信経由でしか入手できませんでした。しかし、当時のパソコン雑誌や書籍、ムックが「FD」などのオンラインソフトを収録するようになり、パソコン通信環境を持たないユーザーにも大きく普及しています。Windows OS登場以前のコンピューター系工学書を支える大きな存在でもありました。

その後の「FD」は、さまざまなバグ修正や高速化、機能拡張を行いつつ、PC-9801シリーズ以外にも、当時のIBMが発売したPS/55などで動作する「FD for DOS/V」もリリース。もちろん海外には多くの優れたファイラーが当時から存在しましたが、PC-9801シリーズからPS/55などのDOS/Vマシンに移行したユーザーには、慣れ親しんだ「FD」がベストチョイスだったのでしょう。バージョンアップは1996年12月まで行われ、バージョン3.13を最後に開発を終了しました。