物質・材料研究機構(NIMS)などで構成される研究チームは10月17日、従来にない原子材料構成による金属酸化膜トランジスタの開発に成功したことを発表した。

同成果はNIMS国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の塚越一仁 主任研究者、生田目俊秀 統括マネジャー、理化学研究所ナノサイエンス研究施設の柳沢佳一テクニカルスタッフらによるもので、住友金属鉱山 材料事業本部の協力を得て行われた。

液晶テレビなどで用いられるFlat Panel Display(FPD)の高精細化により、パネルの消費電力は増大しつつある。これは、画素の高精細化にともなうトランジスタの微細化が、a-Si薄膜では特性限界によって律速され、光量を決める開口部が狭くなってしまうこと、ならびにタッチパネル化により透明電極も有限に光を遮るようになるため、バックライトの発光を余分に強めなければならないといったことに起因するもので、結果として、スマートフォンでは40~45%の電力がパネルで消費されるようになってしまっているほか、タブレットPCでは、ディスプレイでの消費割合はさらに高くなっている。

これらの課題を解決する材料として、金属酸化物薄膜の研究・開発が行われており、すでに東京工業大学の細野教授グループが発明したIGZO(InGaZnO)薄膜は、トランジスタチャネルとして電界効果移動度が高く、国内外のパネルメーカーなどライセンス供与されるようになっている。

一般に、アモルファス薄膜は、膜を構成する原子間の結合が結晶とは異なり、乱れや欠陥が高密度に含まれ、トランジスタ特性の制御が難しいが、金属酸化膜も同様で、乱れや欠陥が多く含まれるうえ、a-Si薄膜にはない新たな技術開発が必要となっている。元来、金属酸化膜では、欠陥に起因して伝導電荷が供給されて電気伝導が生じるため、トランジスタのスイッチ特性を示すしきい値が、膜内の乱れや欠陥に起因したトラップによって影響されて一定化しない問題が生じるほか、Znのような特定の金属酸化膜の不安定性は制御が難しく、Oなどによって電気伝導特性が大きく変化することが知られている。また、固体内での結合が不十分なGaのプロセス中での特性変化なども懸念されており、IGZO薄膜のトランジスタ応用の開発が進んではいるものの、他材料の探索も併せて進められてきている。

今回の研究では、InO粉末にWO2を少量添加して焼結したターゲットを用いて、スパッタ成膜法にてSiO2/Si基板上に薄膜を形成し、その薄膜上に電極を形成することで、薄膜トランジスタとして薄膜の特性調査が行われた。

試作素子の光学顕微鏡写真と模式図。室温基板に対して、DCスパッタでIWOターゲットから薄膜をSiO2/Si基板上に成膜し、電極を形成した後に100℃にて熱アニールを実施。計測は基板上の電極をソース・ドレイン電極とし、基板をゲート電極として行った

薄膜はDCスパッタにて、ArとOの混合ガスによって成膜。膜厚は10nmで、保護膜などは形成せず、IWOチャネル膜に電極を直接形成した素子形状を採用した。

電極を形成した薄膜を窒素雰囲気100℃で熱アニールを行い、その前後で、透過電子顕微鏡(TEM)観察ならびにX線回折にて、薄膜の結晶性を調べたところ、アニール前の膜では結晶粒は一切観測されず、100℃アニールを行っても膜質に明瞭な変化は起こらずアモルファス状態であることが確認された。

100℃の熱アニール(5分間/1回を4回繰り返し)を行ったIWO膜の透過電子顕微鏡(TEM)写真とX線回折結果。ともに、明瞭な結晶粒の無い非晶質(アモルファス)状であることが見てとれる

こうして作製された薄膜トランジスタを室温で特性計測したところ、電界効果移動度18cm2/Vs、しきい値0.7V、電流on/off比8.9x109であり、実用化に十分な値を得ることができたという。

試作素子にて観測されたIWO薄膜のトランジスタ特性。特性はアニールを行った素子で計測している。電界効果移動度18cm2/Vs、しきい値0.7V、電流on/off比8.9x109という結果が得られた

特に、電界効果移動度は、従来のa-Si薄膜トランジスタ(約0.5cm2/Vs)と比較して、数十倍の特性であり、素子サイズ縮小に効果を発揮することが期待できるほか、on/off比も表示コントラストを得るために十分な値だという。これらの特性は、従来の金属酸化膜トランジスタを低温アニールした素子の特性と比較して遜色なく、構造上およびプロセス上の優位性も有しているという。

具体的な開発材料の特長としては、従来の金属酸化膜トランジスタと比較して、より薄い膜厚(10nm)で、保護膜なしの構造であっても、高い特性を有するトランジスタとして動作することが可能という点が挙げられる。従来薄膜は通常50nm前後であり、特性を安定化させるためには、そこにさらに保護膜が必須となっている。薄膜化が可能ということは、材料として単価の高いGaの使用量を減らせるほか、薄膜原料総量も減らせることとなり、全体の材料コストの低減と製造効率の向上が期待できるという。

また、熱処理温度も通常の酸化膜トランジスタのアニールでは350℃程度が必要であり、対応したアニール装置が必要となるほか、昇温降温を含めたアニール時間全体に要する時間がトランジスタ形成プロセス全体のスループットを低下させていたが、今回開発された薄膜では、より低温でのアニールが可能なため、製造効率の向上が可能になるほか、耐熱温度の低いガラス以外の基板材料でもトランジスタを形成できる可能性が示唆されることとなる。

さらに、酸やアルカリ溶液とへの過敏な反応を示す可能性のない元素だけで構成されているために、大型フラットパネル製造の効率的な製造を実現できるウェットプロセスの適応も期待できるようになるという。

今回開発された新薄膜が実用化されれば、FPDの消費電力を低下させることが可能になり、バッテリー寿命の延長が可能になるほか、次世代の高精細テレビで求められる高い周波数応答が可能になると研究グループでは説明する。また、高価なGaの原材料の消費も低減できるようになるため、リサイクル技術がすでに開発されて原料コストの低減が可能になっているInだけに依存することになるともコメントしている。