産業技術総合研究所(産総研)は、住友化学と共同でポリマーを利用した化合物半導体の転写とポリマー上の高性能トランジスタ作製技術を開発したことを発表した。同成果は産総研ナノエレクトロニクス研究部門 新材料・機能インテグレーショングループの前田辰郎 主任研究員、板谷太郎 主任研究員らの研究グループによるもので、「2012年国際固体素子・材料コンファレンス(SSDM 2012)」にて発表される。

図1 ポリイミド上のInGaAs層の断面電子顕微鏡像

Siよりも優れた移動度特性を持つ化合物半導体やGeは、次世代のチャネル材料として研究が各所にて進められている。こうしたポストシリコン材料は、これまでのSi-LSIの機能をすべて置き換えるものではないため、必要な性能をもったポストシリコンデバイスが、Si-LSI上の必要なところに搭載され、機能を発揮する必要がある。そのため、Si-LSIを作製した基板上に高品質なポストシリコン材料を転写後、デバイス作製と配線を行うバックエンド集積化という新しい技術が求められてきた。また、ポストシリコン材料はシリコンにはない光学的に優れた物性を持つものが多く、バックエンド集積化技術はSi-LSIとフォトニックデバイスを有機的に融合させるプラットフォーム技術としても期待されている。

今回の研究では、産総研による基板貼り合わせ技術とデバイス作製技術、住友化学の商用レベルの化合物半導体エピタキシャル成長技術を利用することで、ポストシリコンデバイスとシリコンデバイスの機能集積に向けた高性能半導体結晶の貼り合わせと低温デバイス作成技術を開発した。

バックエンド集積化は、SiウェハにLSIなどを形成する工程(フロントエンドプロセス:FEOL)ではなく、トランジスタなどの素子間を配線する工程(バックエンドプロセス:BEOL)において、機能デバイスを形成し、下部にあるSi-LSIと接合することで、Si-LSI機能に新たな機能を加えようという考え。

図2 ポストシリコン材料バックエンド集積化技術

これまでの研究で、ポストシリコン材料は、デバイス作製時の温度が1000℃超えるSi材料と比較すると400℃以下と低いため、最高でも500℃程度の低温プロセスを求められるバックエンドプロセスでのデバイス作製に適していることが判明している。また、プロセス温度の低温化は、今まで無機系材料が中心であった半導体デバイスプロセスに、安価で機能性に富むポリマー材料の導入を実現可能とすることとなり、今回の研究では、極薄(300nm以下)のポストシリコン材料を、ポリイミドを使ってSi上に転写し、ポリマーに直接接合した半導体層を使って400℃以下の温度でトランジスタを作製した。極薄半導体活性層にポリイミドを直接接合させ、Siの性能を凌駕するトランジスタの作製と動作実証をしたのは世界で初めてだという。

今回、開発されたバックエンド集積化型高性能トランジスタのポストシリコン材料の貼り合わせのために、450℃以上の耐熱性と高い接着性を併せ持つポリイミドが開発された。

図3 接合に用いたポリイミドの物性。500℃前後まで重量のロスがほとんどないことがわかる

具体的なトランジスタの作製方法は、まずポストシリコン材料として高品質なInGaAs層(300nm)を、格子整合するInP基板上にエピタキシャル成長させた後、接着用ポリイミドをスピンコーティング法で塗布したSi基板とエピタキシャル成長した基板とを反転接合させる。次にInP基板を選択的にはく離し、Si基板上の薄膜InGaAs結晶層を得た。そして最後に、作製されたポリイミド/Si基板上のInGaAs結晶層を利用して、400℃以下のプロセス温度でトランジスタを形成するというものとなっている。

図4 ポリマー上のトランジスタ作製方法

ポリイミドは、接合剤として極めて安価で扱いやすい点が大きなメリットであり、今回、このポリイミドを使って転写プロセスやトランジスタ作製プロセスでの耐性の検証が行われた。ポリイミド上に形成されたゲート長50μmのInGaAs n型MOSFETの性能を調べたところ、ドレイン電流-ゲート電圧特性からはオン・オフ比が2桁以上の良好なスイッチング特性、ドレイン電流-ドレイン電圧特性から明瞭な線形領域と飽和領域が観察され、良好なトランジスタ動作をしていることが確認された(図5の左図と中央図)。図5の右図は、転写する前のInP基板上とポリイミド上のInGaAsの移動度特性の比較である。ポリイミド上でも、移動度が最高で1000cm2/Vsを超えており、Siの移動度の約2倍近い値が示された。InP基板上と比較しても、低キャリア密度領域でわずかに移動度減少が見られたものの、高キャリア密度領域では完全に一致していることが見られた。

図5 ポリイミド上のInGaAs n型MOSFETの性能。オン・オフ比2桁以上の良好なスイッチング特性(左図)。明瞭な線形領域と飽和領域が観察される(中央図)。ポリイミド上の移動度はSiの約2倍(右図)

研究グループではトランジスタ形成時に、ポリイミドはさまざまな熱サイクル、さらには化学的な処理に曝されるため、当初はプロセス中の汚染源としてトランジスタ性能劣化の要因になることが懸念されたが、今回の結果は、ポリイミドがポストシリコン半導体向け基材として十分に機能していることを示したものだとするほか、転写前後でデバイス特性に大きな劣化は見られないことから、転写プロセスが半導体層に悪影響を与えていないことが判明したとしている。

これらの結果から、ポリイミドを使った転写技術とポストシリコン材料の低温トランジスタ作製技術が実証されたことから、バックエンドプロセスでのポリマー材料の導入とポストシリコンデバイスのSi-LSIとの集積化が容易に可能となるため、将来的にはポリイミドとポストシリコン材料の多様性を活かした高性能・多機能デバイスの実現が期待されるとしている。

またこの結果から、InGaAsをはじめとしたポストシリコン材料がさまざまな分野、環境で使用される可能性が出てきたとしており、例えば、エレクトロンデバイスとフォトニックデバイスの1チップ化など、これまでの技術では不可能であった高性能化、多機能化そして集積化が期待されるとしている。さらに、今回プロセス耐性を検証したポリイミドは、感光性能を付加できるため、任意の場所にポリイミドを形成したり、配線用の微細な2次加工を施すなど、高度な3次元積層集積化にも極めて有効であると考えられるとしており、今後のポストシリコン材料のバックエンド集積技術の高度化に向けて、ポストシリコン材料を必要な場所に必要な大きさを供給し、高性能・多機能デバイスを作製する技術を開発していく方針としている。